澤穂希がラストゲームでみせたゴール以上の輝き (2/2ページ)

デイリーニュースオンライン

時が止まった澤ゴールの瞬間

 試合が動いたのは後半の30分過ぎ。FWの高瀬愛実と交代で入った増矢理花がおとりになる動きでディフェンスを引きつけ、スイッチした大野忍がエリア内にドリブルで攻め込む。惜しくもシュートまでは打てなかったが、INACはこの攻めでコーナーキックを得た。

 そして運命の後半33分。川澄奈穂美が蹴ったコーナーキックのボールがゴール前へ軌道を描くと、スタジアムの空気が止まった。それまで78分間、ほぼ集中を切らすことのなかった新潟のディフェンスの足も、一瞬だが止まった。そこから先はまるでスローモーションのようだった。普段であれば、コーナーキックはファーからニアに走り込むことの多い澤だが、ボールの落下点を予測しながら2〜3歩ステップを踏んでディフェンスのマークを外すと、そのまま高い打点でのヘディングシュート。ボールがゴールネットを揺らした瞬間、両手を天に高く突き上げてガッツポーズをした。

澤が築いたなでしこの原点

 現役最後の試合で、自らが決勝点を挙げて優勝。まるで漫画のような幕切れに、澤のこのゴールを「持っている」と表現する人も多い。たしかに「持っている」のだろう。しかしそれは、澤が常に全力を尽くしてきた結果の現れでしかない。ゴールを引き寄せたのは澤自身の強い気持ち。そしてサッカー選手としての自分に対する大きな自信。さらに、その自信を得るために積み重ねた日々の努力。これらすべてが、彼女の群を抜いた勝負強さの要因となっているのだ。偶然ではなくて必然。それを強く感じた、現役最後のゴールだった。

 澤の集大成は決勝点という最高の形になって現れたが、彼女の真骨頂である「常に全力を尽くす姿勢」は随所で見られた。後半途中、澤らしかぬミスでボールをロストした場面。その直後、息つく間もなく猛然とダッシュしてボールを追いかけ、相手選手のファウルを誘ってマイボールとした。自らのミスを帳消しにしただけの「プラスマイナスゼロ」のプレーだったが、観客は大いに沸いた。バロンドールまで獲得した偉大なるレジェンドの、泥臭い全力のプレー。しかし、この「どんなプレーにも手を抜くことのない、あきらめない姿勢」こそが数々の奇跡を起こしてきたのだ。詰め掛けた2万人超の観衆は、語り継がれるであろう歴史的なゴールとともに、なでしこの原点である泥臭さも目に焼き付けた。

なでしこはどんな花を咲かせるのか

 試合は、澤のゴールが決勝点となって1-0でINACが勝利。試合後には、ホームのゴール裏をオレンジに染めた新潟サポーターからも澤コールが起こった。

 澤が引退をしても、女子サッカーは進化を続けていく。先代たちが種を蒔き、澤らが20年かかって大輪の花に成長させたなでしこは、これからどんな美しい花を咲かせてくれるのか。

 日本代表を多数擁し、世間には「1強」と思われているINACだが、今季は皇后杯が初タイトル。2013年には「なでしこリーグ」「皇后杯」「なでしこリーグカップ」の3冠を遂げているが、2014年は無冠。2015年もリーグ戦の最終順位は3位に留まっている。代わりに、リーグ王者の日テレ・ベレーザ、リーグ2位のベガルタ仙台レディース、そして皇后杯決勝でINACを苦しめた新潟など、ほかのチームがめきめきと力をつけており、女子サッカー全体のレベルが上がっていることを物語っている。

 これも代表であるなでしこジャパンが結果を出し、女子サッカー界を引っ張ってきた成果。中心選手であり続けた澤の功績は言わずもがなである。

 選手としての第1章はこれで終わりだが、これからどんな立場でどんな第2章を見せてくれるのか。今後の澤穂希にも期待したい。

(取材・文/尾崎ゆか)

尾崎ゆか(おざき・ゆか)
1976年、神奈川県生まれ。女性誌の編集を経て2006年ドイツW杯を機にフリーに。以降、W杯は南ア、ブラジルと現地観戦。第11回関東大学女子サッカーリーグ2部ベストイレブン。現在は週刊誌、女性誌、ウェブ等で執筆中。時事問題からファッション、スポーツまで幅広い分野で文筆活動を行なう。
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