神戸の名物だった「三大企業」の現在

まいじつ

shiii / PIXTA(ピクスタ)
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明治から昭和初期にかけて、神戸を拠点に世界的な総合商社として君臨した『鈴木商店』という会社がある。その鈴木商店は、破綻して約90年になるが、いまも登記上は存在している。会社の実体がなくなって久しいものの、清算は現時点でも終わっていない。

同じ時代の神戸では『山口組』や『本多会』が全国制覇を競い合っていた。現在でも山口組はもちろん、本多会も実業の世界で命脈を保っている。

「鈴木商店は、造船や製鉄、化学など多分野に進出し、60社以上を抱えるコンツェルンに成長しました。その企業群のなかで現存する代表的なものとしては、神戸製鋼所や帝人、サッポロビールなどがあります。鈴木商店の元社員らが立ち上げた日商は、日商岩井を経て、現在の総合商社の双日につながっています。大正6年(1917年)には、売上高で当時トップの三井物産を抜いて日本一の企業に躍進し、その額は当時の国民総生産(GNP)の1割に達したほどでした」(企業系ジャーナリスト)

現在の中高年に当たる世代が、学生時代に使用していた社会科の教科書では、鈴木商店はまるで“悪代官”のような扱いだった。1918年に起きた米騒動は、米の価格急騰に伴う暴動事件として名高いが、その米急騰の発端は、米を買い占めた鈴木商店の仕業だとして、同社は焼き討ちに遭っている。実際には鈴木商店の米買い占めの事実はなく、この焼き討ち事件は、戦前の朝日新聞の誤報に端を発したことが明らかになっている。

一方、山口組と全国制覇を競った本多会は、山口組と同じ神戸大嶋組を源流としている。だが、初代の本多仁介氏は、当時すでに山口組よりも手広く倉庫業や荷役業を“シノギ”としていた。直営運輸業である山口組の『甲陽運輸』と本多会の『神和』の2社を比較すると、圧倒的に神和の方が規模は大きかったという。

登記簿上で残る鈴木商店、山口組の隆盛をもたらせたとされる本多会の解散、その山口組も現在は分裂状態にある。100年の歴史は長く短い。

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