「スーファミは最高だった」当時の感動を振り返る (3/5ページ)

日刊大衆

ファミコン時代は圧倒的な王道ジャンルだったシューティングが、90年代に入って人気がなくなって、代わりに『スト2』をはじめとする格闘ものの時代になったんですよね。

A 『スト2』以降、猫も杓子も対戦格闘テイストにしてればいいと思ってる節、あったよね。『ドラゴンボール』みたいなのはまだ分かるけど、94年に出た『松村邦洋伝最強の歴史をぬりかえろ!』のように、やけにリアルな松村が「バウバウ」「ピロピロ」っていう技を駆使して、ゲーム会社に自分のゲームを作らせるべく戦うという、徹頭徹尾ワケの分からないクソゲーもあった。

B ギャハハハ! 何ですか、それ(笑)。

■雑なタレントゲーム文化も A ファミコン時代の『たけしの挑戦状』『さんまの名探偵』に代表される、“名前さえ使えればいい”という雑なタレントゲーム文化が、スーファミ時代もしばらく残ってたんだよね。

C Jリーグブームの最中に発売された『ジーコサッカー』とかも、その類ですよね。ジーコの名前を使ってるだけあって鹿島アントラーズだけは選手が実名だけど、他のクラブからは許可が下りなかったみたいで、結局、Jリーグじゃなくて架空の世界各国代表と鹿島がトーナメントを戦うという無茶な設定(笑)。

B W杯に、なぜか鹿島が参加するようなものだ(笑)。選手の操作もできないし、クソゲーすぎて当時の中古市場に100円とかで大量に流出したんですよね。それを、ある会社が大量に買い漁って、ROMの中身を書き換えた18禁ゲームが出回ったの、覚えてます?

A ありましたね、非公認ゲーム。

B 『ジーコサッカー』のカセットに、白黒でタイトル書いただけの、しょぼい紙シールを上から貼ってましたね(笑)。

■“レトロゲーム”ブームの始まり A 当時は「ゲリラ作品って、やべえ!」という感じだったけど、2011年にスーファミの特許が切れて、一応は本体を含めて誰でも作れるようになった。それで、いろんな会社がスーファミソフトがプレイできるマシン、いわゆる“互換機”を作るようになって、たくさんの人がまた中古のスーファミソフトを売買し始めたんだよね。

B “レトロゲーム”ブームの始まりですね。

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