夢のひととき。キヤノン 三島藍伴、デビュー戦勝利までの80分間。

ラグビーリパブリック

摂津高校時代は、府立高校として堂々、大阪府大会準決勝へ。(撮影:髙塩 隆)

「キックチェイス、ワークレートの高さ。基礎となる面を最後までやり切った選手を誇りに思う」

8月31日の東京・秩父宮、キヤノン26-20東芝。

アリスター・クッツェーHC(ヘッドコーチ)が試合後の会見で微笑んだ。隣に座る嶋田直人・共同主将がアシストした後半35分のトライで、26-20とリードを広げ、キヤノンがトップリーグ初戦を鮮やかなアップセットで飾った。

最後のトライをスコアしたのは、キヤノン・三島藍伴(みしま・あいばん)。府立摂津高、立命館大出身2年目の左WTBは、この日が記念すべきトップリーグ初陣だった。

身長は173㌢、大柄ではないが、たくましい体幹、気迫と決断力で攻守にフィジカルの強さを発揮する11番。キヤノン勝利のハイライトシーンにはもちろん、ジャパンのSO田村優や、新加入LOのジャン・デクラーク、ボールキャリーで光った4番アニセ・サムエラ、1トライ2アシストのFL嶋田らの活躍があったが、この日の勝負どころには背番号11のルーキーが、これでもかと絡んだ。

肝を冷やす失敗もあった。観る者の目を奪う場面も作った。三島が振り返って「あっという間でした」という感懐にあふれた80分は、自らプレーの機会をつかみにいく姿勢の結晶だ。

前半5分、キヤノン先制トライの場面。自陣で相手ラックのボールを奪って素早く左へ展開したプレーでは、左サイドでボールを運び、トライに至る連続アタックを大きく前に進めた。

「FWのターンオーバーに田村さんらがリアクション。僕が少しゲインして、あとはFWが、素晴らしい前進で取り切った」(三島)

キヤノン8-14東芝で迎えた前半ラストプレーは、SO田村優がハーフウェーライン近くから、50㍍のPGを選択した名場面。このキックを平然と決めて11-14の3点差とし、東芝に圧力をかけた。

「東芝からすれば差を詰められて迎えた後半なので、入りで勢いに乗りたかったはず」(三島)

後半開始間もなく。東芝が、意図する高速アタックでチャンスを作る。連続攻撃から、中盤右サイド、ラックの裏側に刹那3対1を生み出した。しかし、ボールを持った東芝FLリーチ マイケルは、素早く間合いを詰められ、強烈なタックルを食らってボールをこぼしてしまう。3対1のディフェンダー=「1」の状況から見事な守備とタックルを見せたのが、キヤノン三島だった。

タックルを見舞った相手は、外から2人目の位置でパスを受けたアタッカー(リーチ)。守る三島は、いったん攻撃陣との間合いを保って時間を稼いだ。わずか1秒足らずの間(ま)。しかし、その間に、三島の味方が内側からサポートに加わる気配。三島はその存在を感じて今度は前進、リーチの懐に決然と接近して思い切り体をぶつけた。

冷静で力強いこのプレーに、後半のっけからギアを入れたい東芝はノッキング。キヤノンは勝機をつないだ。ただ三島はHIA(脳震盪を起こしていないかを調べる)で一時退場となってしまう。

「あれは、春からチームでずっと練習してきた場面でした。ピンチ場面でも、ヨコのコネクション(連携)を絶対に切らさないこと。同時に自分の後ろからも『ラストOK!』という声がかかった。外の1人は捨てて、思い切ってリーチ マイケルに詰めることができました。去年までの自分だったら、勝手に一人でいって、つながれていたかも」(三島)

PGを与えてキヤノン11-17東芝から、キヤノンのトライで18-17、東芝を逆転(後半12分)。三島は試合を離れながら、気が気ではなかった。ピッチに戻って間もなく、キヤノン18-20東芝。再びPGで東芝にリードを許した(後半16分)。

シーソーゲームで2点ビハインド、残り25分。

一つひとつのプレーが、勝負に直結する時間帯がやってきた。接点の戦いとラインアウトに自信を深めながらこの局面を迎えたキヤノンにとっては、千載一遇のチャンス。

「ここ、踏ん張れるかどうかで決まる。チームの誰もがそう感じていたと思います」

そう振り返る三島自身が、手痛いミスをした。

自陣深くで相手キック処理を誤りノックオン。それまで陣地取りに苦しんでいた東芝側が、にわかに活気を取り戻した。さらにこの東芝スクラムからキヤノンが反則を取られ、得点圏内での相手ボール・ラインアウトに。東芝得意のモールがうなる。

「両手を伸ばしてキックをキャッチしにいったら、目測よりもボールが伸びて、弾いてしまった。そもそも、ポジショニングのミスでした。ただ、周りはすぐに切り替えて、ミスした僕に『ネクスト』『次、次』と前向きな声をかけてくれた」(三島)

チームは三島を1人にしなかった。

さて、トライでも取られようものなら、勝負の天秤は大きく傾く。キヤノンFWは踏ん張った。東芝のモールが止まり、短い笛。東芝、痛恨のノックオンだった。

「そこから4分、FWがこらえてくれました。助けられた」(三島)

東芝の4分間にわたる猛攻、キヤノンは粘って相手の反則を引き出し、タッチキックで大きく敵陣へ脱出。この直後に、キヤノンSO田村のドロップゴールが決まって、21-20と再逆転に成功した。

キヤノン21-20東芝。残り時間12分。

わずか1点差の攻防は、熾烈を極めた。そして、残り6分からの出来事は、三島にとってまさに夢の時間となった。

東芝がボールを持ち続け、キヤノン・ゴールに迫る。中央のラック。今度は元豪州代表の東芝SOマイク・ハリスがドロップゴールを試みた。これをキヤノンHO庭井がチャージに飛び出し、成功。そのままボールを足にかけ、自ら追って真反対の東芝ゴール前中央ラックになった。SHからFL嶋田を経て、左から駆け上がった三島が、ボールを抱えトライゾーンに飛び込んだ。

キヤノン26-20東芝。残り4分をしのいで、キヤノンにとって公式戦初となる東芝戦勝利が決まった。

この場面で決定的な働きを見せたHO庭井、FL嶋田は、三島の立命館大学時代の3学年上の先輩だ。当時は庭井が主将、嶋田が副将、1回生だった三島にとっては憧れの存在だった。強豪高校ではなく、大阪府立の摂津高校でラグビーを始め、合同チームも経験しながら大学でラグビーを続ける選択をした三島には、その頃の印象が焼き付いている。

「庭井さん、嶋田さんをずっと追いかけてきました。トップリーグでプレーしたいと思えたのも、先輩の存在があったから。立命でつないだあのトライに自分も加わることができて、本当に嬉しい」

ま、僕はボール置いただけですけど。と笑う三島は現在トップリーグ出場キャップ1。

「今までで一番楽しい試合でした。生涯忘れない」

トップリーガーとしては「1回生」の心持ち。その自分史上最高も、キャップとともに更新していくだろう。三島は、これからも失敗をするかもしれない。ただそれ以上にチームを勇気づけ、周囲にエネルギーを与えるプレーを見せるに違いない。もし、やる前から失敗する理由を数える人だったら、彼は今そこにいない。(取材:成見宏樹)

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リーチに食らいつく三島(中央/撮影:髙塩 隆)

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