日本人が肉食をしなかった時代はない。明治時代以前も日本人はお肉を食べていた (2/2ページ)
名所江戸百景 びくにはし雪中(歌川広重 画)
そもそも江戸時代に第五代将軍・徳川綱吉がだした生類憐みの令も、犬食などの肉食を控えさせることも目的としていたそうです。もちろん、そんなことですべての肉食を規制できるはずもなく、肉食文化は細々と受け継がれていったのでした。
日本で初めての牛鍋の店「伊勢熊」が誕生明治時代になると、横浜の居留地に暮らした外国人が、神戸などから牛肉を取り寄せて食卓に並べるようになったようです。
1862(文久2)年には、日本で初めての牛鍋の店が誕生しました。横浜入船町で居酒屋を営んでいた「伊勢熊(いせくま)」です。
当時の「伊勢熊」主人が、いち早く牛鍋屋のアイデアを思いつき、実現させようとしました。ところが妻は、「そんなに気持ちの悪いものを売るのなら離婚します!」と猛反対。当時の感覚では「牛肉を食べる」というのは気持ちが悪かったようです。仕方なく思った店の主人は、店内を半分に仕切ってその半分だけを牛鍋屋に改装したそうです。
ところが、その牛鍋屋が連日連夜大繁盛し、結局居酒屋を閉め、牛鍋の専門店になったのだとか。
これを皮切りに、横浜や東京で牛鍋屋が次々にオープンしました。そこでは、牛鍋とともに「新しい飲み物」であるビールも盛んに消費されました。「文明開化」の味の象徴ともいえる牛鍋は、ビールの普及にも一役買うことになったといいます。
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