藤原彰子はなぜ「しょうし」って読むん?やんごとなき女性たちの秘すべき「忌み名」とは?
古典文学の勉強をしていて、不思議に思ったことがありました。
「藤原道長の長女で、一条天皇に嫁がれた藤原『彰子』って、なんで『しょうし』って読むんだろう?」
普通に考えれば「しょうこ」or「あきこ」が自然だと思いますが、これまで「まぁ、やんごとなき方々のことだから、何か伝統的なしきたりでもあるんでしょう」程度に考えていました。
やんごとなき方々(イメージ)
しかし、これが絶対正しいに読み方、という訳ではないようです。
近代国文学の知恵昔の文献に登場する人名はルビが振られていないことが多く、訓読みも音読みもあくまで後世の推測による便宜上のものに過ぎないことが多いです。
それなら藤原彰子は素直に「しょうこ」で良さそうなものですが、漢字の中には色んな意味を持ったものも多く、その中から良い意味を持った読み方を採用していくと、極端な話「よしこ」「ながこ」「やすこ」など、無難な名前ばかりになってしまう可能性もあります。
そこで近代国文学の知恵として、著名人の名前を音読みにする(例:『信長(しんちょう)公記』)という手法が採られてきたのでした。
つまり、結論としては「音読みはちょっと考えにくいけど、訓読みだったという確証はない」と言ったところです。
しかし、それだと不便でしょうがない。なんで最初からルビを振っておかないんだ……と思う方もあるでしょうが、以下に紹介する書物が、一つのヒントになるかも知れません。
まるでクイズみたいな女官の名前三重県明和町「斎宮(いつきのみや)歴史博物館」に所蔵されている、江戸時代(文政十一1828年ごろ)の宮廷人名簿。
国立国会図書館蔵『装束着用之図』より。
そこには女官(にょかん)たちの名前もルビつきで載っていますが、その読み方が何ともユニークです。
問題:この女性たちの名前、何と読むでしょうか?
「誠子・兄子・栄子・都子・正子・養子……」
※せいこ、けいこ、みやこ、まさこ、じゅんこ、ようこ、ではありません。
さて、読めたでしょうか……正解はこちら。
「みちこ・さきこ・ひさこ・くにこ・なおこ・なみこ・くみこ」
一体「どこをどう読んだらそうなるんだ」と言いたくなるような読みばかり。
恐らく、誠の心は「人の道(みち)」だから「みちこ」、兄は弟より「先(さき)」に生まれるから「さきこ」、栄えることは「久(ひさ)しく」あって欲しいから「ひさこ」、都は「国(くに)」の最も大切な場所(存在)だから「くにこ」、物事は「正」しく「直(なお)す」べきだから「なおこ」、養子は縁「組(ぐみ)」するから「くみこ」……等々。
こんなクイズみたいな名前が、実に全体のおよそ2/3にも及ぶのですが、どうしてわざわざ、そんな回りくどい読み方をしたのでしょうか。
やんごとなき女性の秘すべき「忌み名」元来、本名は諱(いみな)と言って「忌み名」に通じ、ごく親しい相手以外には知られないようにする習慣がありました(宗教的な理由など、諸説あります)。
また、たとえ知っていても日常場面では呼ばず、宮中では女房名(にょうぼうな)と呼ばれる通称を用いるのが一般的でした。
東京国立博物館蔵『紫式部日記絵巻』鎌倉時代
例)有名なところでは清少納言、紫式部、赤染衛門など。
そして、万が一(書面などで)本名を見られてしまった場合でも、部外者に判りにくい読み方であれば、諱を守り通せると考えたのかも知れません。
そういう意味では、近代国文学の知恵である女性名の音読みも、知ってか知らずか「忌み名」の精神を継承していると言えるでしょう。
まとめよく家系図などで、女性の名前が判らず、ただ「女」とだけ記されていることがあり、それを「女性が差別されていたからだ」と解釈されることがあります。
しかし、もしかしたら逆に大切な存在だからこそ、外部の目に触れやすい場所(文書など)ではその諱を伏せ、守ろうとした可能性もあります。
(※じゃあ「何で男の名前は公開されるの?」という疑問が生じますが、恐らく「男は矢面に立って、大切な女性を守るべし」という考え方があったのでしょう)
結局のところ「藤原彰子」は「しょうし」なのか「しょうこ」なのかハッキリとしませんが、彼女の「忌み名」は、このまま知られぬままの方がよいのかも知れません。
※参考文献:榎村寛之『斎宮―伊勢斎王たちの生きた古代史』中公新書、2017年9月25日
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