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週刊実話

野村克也がID野球総仕上げ「東大総監督」就任へ

 最愛の夫人、サッチーを亡くして生きる目標を失っていた野村克也氏(83)が、野球人生の集大成となる終着点を見出した。それが、東京六大学で春季リーグ戦10戦全敗、2017年秋から32連敗している東京大学野球部の総監督の座だ。“ID野球”で球界に革命をもたらした男が今年、創部100周年を迎える名門野球部の再建を手掛ける――。

 2017年12月に妻の沙知代さん(享年85)に先立たれ、野村氏は「ボヤキの相手がいなくなってしまうと、やっぱりさみしい」とメディアの取材にポツリ。とはいえ、墓前に手を合わせては「まだ迎えに来ないでくれよ」と残された野球人生の仕上げを模索してきた。

 そんな“ノム”さんが最後の仕事に選んだのは、プロ野球ではなく学生野球だった。

 6月5日、ヤクルト、阪神、楽天で監督を務めた野村氏は、杉下茂氏(93、元中日、大毎)、堀内恒夫氏(71、元巨人)、門田博光氏(71、元南海、ほか)、福本豊氏(71、元阪急)らとともに“学生野球指導者”の門を叩いた。プロ野球経験者が高校、大学の指導資格を簡略化した手続きで回復することができる面談を受けたのだ。

 通常の手続きではプロアマ双方の研修会を計3日間、受講しなければならない。しかし、野球殿堂入りした対象者に限り、わずか1日の研修とレポート提出で代替できるのだ。これにより、最短で6月18日に開かれる日本学生野球協会の資格審査委員会で資格回復が認められれば、高校、大学野球部の監督やコーチとして甲子園や神宮球場などの土を踏み、采配を振るうことが可能となる。

 2002年から2005年まで社会人野球のシダックスでも監督を務めた野村氏だが、同じアマ野球でも恋い焦がれていたのが学生野球だった。1982年夏、1983年春と夏春連覇した池田高校(徳島県)の監督で、「攻めダルマ」の異名を取った蔦文也氏(’01年没、享年77)が理想という。当時、採用されたばかりの金属バットの特性を生かして「やまびこ打線」と呼ばれる強力打線を作り上げて一世を風靡した。

 実は、蔦氏はプロ野球・東急フライヤーズ(現日本ハム)のOBでもある。同志社大から日本製鐵広畑を経て投手で入団し、1年限りで退団(0勝1敗)。

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