ゲスの極み!鬼畜の所業!平貞盛が自分の孫を殺そうとした理由がエゴすぎる【上】 (1/4ページ)

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ゲスの極み!鬼畜の所業!平貞盛が自分の孫を殺そうとした理由がエゴすぎる【上】

かつて坂東の地(現:関東地方)に起きた「平将門の乱(天慶二940年11月21日~同三940年2月14日)」を鎮圧し、日本分裂の危機を救った英雄として知られる平貞盛(たいらの さだもり)

平将門を射止めんと挑む平貞盛(右)。月岡米次郎『大日本名将鑑』明治十二1879年

その資質は子孫たちにも受け継がれ、後の世に多くの英雄たち(源義家、平清盛、足利尊氏、新田義貞、北条早雲など)を輩出しました。

さて、そんな「英雄」平貞盛ですが、単なる正義のヒーローではなかったようで、時としてゲスの極みとも言える所業に手を染めたこともありました。

そこで今回は、日本最大の説話集である『今昔物語集』より、とある貞盛の胸〇エピソードを紹介したいと思います。

不治の病に効く妙薬「児干」を求めて

今は昔、平将門を退治した貞盛が順調に出世街道を進み、丹波国(現:京都府中部&兵庫県の一部)の国司(丹波守)として赴任していた時のことです。

詳しい状況は不明ですが、貞盛がとある事で矢傷を負い、それが悪化して腫瘍ができてしまいました。

いよいよ症状が重くなり、命の危険が迫った貞盛は京の都より何の某(原典では欠字)という高名な(止事無・やんごとなき)医師に往診させました。

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