恩恵は社員2割だけ!? 日立も導入"成果主義"の厳しい現実

デイリーニュースオンライン

0930_kadokura_vol2.jpg

導入歓迎した政府は「パレートの法則」を知っているのか

 9月26日、日立製作所は10月から国内管理職の約1万1000人を対象に、新しい賃金制度を導入すると発表した。

 これまでの年功序列賃金体系(勤続年数や年齢に応じて役職や賃金が上がっていく日本特有の人事制度)を見直し、担当するポストや仕事の成果に応じて賃金を決める。いわゆる成果主義賃金制度を導入するということだ。日立製作所だけでなく、日産自動車やソニー、パナソニック、ファーストリテイリングなどグローバルに事業展開を行う大手企業では、近年、欧米型の成果主義賃金制度を導入したり、あるいは導入を検討するケースが増えている。

 政府も日本の企業が成果主義賃金制度を導入することを歓迎しているようだ。成果主義の導入を通じて賃金体系をグローバル・スタンダードに合わせれば、世界中から優秀な人材を集めることが可能になり、それによって労働生産性が上昇して、企業業績も改善、最終的には社員全体の賃金上昇につながると考えているからだ。

 しかし本当に成果主義を導入すれば、全てのビジネスパーソンにバラ色の未来が待っているのだろうか。しかし、成果主義を導入したからといって、社員全員の賃金が上昇する保証はどこにもない。成果主義の下では、能力のある社員が高い給料という恩恵にあずかれるが、誰が評価しても優秀な社員というのは、実はどのような会社であっても一部に過ぎないからだ。

 というのも、企業組織にはイタリアの経済学者ヴィルフレド・パレートが発見した「パレートの法則」という経験則が働くからだ。「パレートの法則」とは、どのような企業組織であれ、社員全体の2割が優秀な社員、6割程度が普通の社員、そして残りの2割がその企業にはそぐわないダメな社員という構成比になっているというものだ。この法則は人材の流出入があっても常に成り立つ。たとえば、ある会社で、優秀な人材2割が別の会社の引き抜きにあい、社員の全体数が減っても、今度は残りの社員のうちの2割が優秀な社員として台頭してくる。

 つまり、企業が成果主義の賃金体系を導入した場合、その恩恵にあずかれるのは社員全体の2割程度にすぎないということだ。企業が総人件費を拡大しない限り、残りの8割の社員(普通の社員とダメ社員)の賃金は、恩恵にあずかる優秀な2割の社員の賃金の原資として削られてしまう。

「自信過剰の罠」――誰もが自分は優秀だと考える

 もちろん、高い給料をもらった2割の優秀な社員がモチベーションを高めてこれまで以上に頑張ってくれれば、会社全体の業績が伸び、総人件費の枠を広げることが可能となり、残りの8割の人たちにも恩恵がいきわたるかもしれないが、給料格差が大きく開いていく中では、そのような恩恵は実感しにくいだろう。

 さらに、成果主義の導入によって、社員全体の労働生産性にプラスどころかマイナスの影響が出てくる可能性だってある。

 明確な因果関係ははっきりしないが、すでに成果主義を導入した一部のIT(情報技術)関連企業では、社員間のコミュニケーションが希薄となり、うつ病にかかる社員が増えているという。

 では、最近の若手社員は、成果主義の浸透をどのように見ているのだろうか。産業能率大学が新入社員を対象に実施した調査(2014年3月26日~4月10日)によると、「年功序列と成果主義、どちらを望みますか?」という質問に対して、「成果主義」と答えた人が56.7%、「年功序列」が43.3%で成果主義を望む割合のほうが高かった。

 しかし、このアンケートの調査では、新入社員が行動経済学で言うところの「自信過剰の罠(自分の能力を過信することで、悪い状況に陥る確率を低く見積もってしまう)」に陥っている可能性が高い。スウェーデンで車のドライバーを対象に、「運転技術についてあなたは平均以上のテクニックがあると思いますか?」と質問したところ、実に9割もの人が「イエス!」と自信満々に回答したという。また、イタリアでは10人中なんと9人もの男性が自分のペニスの長さは平均を上回ると回答したという。

 つまり、現実には2割の人しか成果主義の恩恵にあずかれなくても、自分は能力があるので当然その2割の中に入ると思い込んでいる人が多いということだ。経済のグローバル化が進展する状況下、今後、成果主義を導入する企業の数はさらに増加すると予想されるが、先ほど述べたとおり、成果主義の恩恵にあずかれるのは一部の優秀な社員に限られ、大多数の人は恩恵にあずかることはできない。

 能力や成果で評価されることを嫌って安定した生活を望むビジネスパーソンも少なからずいるわけで、年功序列を維持する企業も残ってしかるべきだろう。年功序列は、短期ではなく中長期で成果を出すような企業には向いている賃金体系だ。

 少子化が進んで人口のピラミッド構造が崩れていく中で、日本の企業全体で年功序列を維持することはできないが、一部の企業がそうした制度を維持することは十分に可能だろう。

著者プロフィール

kadokura_profile.jpg

エコノミスト

門倉貴史

1971年、神奈川県横須賀市生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、銀行系シンクタンク、生保系シンクタンク主任エコノミストを経て、BRICs経済研究所代表に。雑誌・テレビなどメディア出演多数。『ホンマでっか!?』(CX系)でレギュラー評論家として人気を博している。近著に『出世はヨイショが9割』(朝日新聞出版)

公式サイト/門倉貴史のBRICs経済研究所

(Photo by Héctor Romero bia Flickr)

「恩恵は社員2割だけ!? 日立も導入"成果主義"の厳しい現実」のページです。デイリーニュースオンラインは、ビジネスアベノミクス連載などの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る

人気キーワード一覧