韓国・朴槿惠大統領、いびつな反日姿勢の原点は「灰色の青春時代」

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大学時代は勉強の虫だった
大学時代は勉強の虫だった

 韓国のソウル中央地検が、産経新聞の前ソウル支局長を在宅起訴した問題が波紋を広げている。旅客船・セウォル号の事故があった4月16日、朴槿惠(パククネ)大統領の所在が7時間不明になったことを報じた記事が「朴大統領への名誉毀損にあたる」として、韓国検察が強権を発動したのだ。

 韓国では、時の為政者の判断が司法を左右することがままある。海外メディアからも「言論弾圧だ」と非難囂々の今回の件にも、朴大統領の意向が強く働いたものとみられる。

「空白の7時間」に密会していた男性

 反日に固執し、孤立を深める朴大統領。そんな彼女の思想的背景を「フライデー」(講談社)10月31日号が分析している。

 同誌は、産経新聞が報じた7時間の空白の間に朴大統領が密会していたと噂された人物が、朴大統領の秘書室長を務めた鄭允会(チョン・ユンフェ)氏だったと指摘。その鄭氏の義理の父で、朴大統領の父・朴正煕(パク・チョンヒ)元大統領の側近だったキリスト教系の宗教団体代表が、朴大統領の思想に影響を与えていると報じている。

 一方、その心理と精神構造を読み解く上で、もうひとつ重要なヒントが記されているのが、朴大統領の自叙伝『絶望は私を鍛え、希望は私を動かす』(晩聲社)だ。

「2007年に韓国で出版され、ベストセラーになった。2012年には日本語版も出版されています。朴正煕元大統領の娘として青瓦台(=大統領府)で過ごした幼少時代や、政界入りしてからの活動などをつぶさにつづっている」(出版関係者)

大学時代は〝勉強の虫〟で大学を首席で卒業

 自叙伝の冒頭で描かれるのは、ハンナラ党代表を務めていた2006年、遊説中に暴漢に襲われた場面。

 22歳で母を、その5年後には父を暗殺によって失った過去を「普通は経験しない苦痛をたくさん経験した」と振り返っている。自身の信条について、「いやがられても信念を守る」と記すように、潔癖さを示す逸話が目立つ。自ら「勉強の虫」を自称し、成績は常にトップクラス。ミッション系の私立大学・西江大を主席で卒業するなど、模範的な学生で通っていた。ことあるごとに手帳にメモを取ることから、周囲から「手帳姫」と名付けられたエピソードも披露している。

 ただ、その融通の利かない生真面目さが批判の的にもなっている。

 こうした性格は、

「母の影響がとても大きい。(中略)特に母は私の偶像だった」

 とも。

 朴大統領が政治活動をスタートさせたのは、アジア通貨危機が起きた1997年。「私は『政治家朴槿恵』の道を行くことに決めた。大韓民国発展のため、自分の生活を全て捧げる覚悟を固めた」

 と、その時の悲壮な決意をつづっている。

 そんな過剰ともいえる潔癖主義の朴大統領にとって、自身の男女関係に触れられることは、許し難いものだったのかもしれない。62歳の彼女はいまだに独身を貫いているが、一般の女性のような「普通の恋愛」への憧れものぞかせる。

「誰もがしている合コンにも一度も行けず、友人たちと一緒に夜遅くまで街中を歩くこともない」

 と愚痴り、

「思えば、私の人生に恋愛らしきものは一度もなかった」

 と灰色の青春時代を振り返っている。

 師とあおいだ〝怪僧〟の教えや両親の悲劇的な死、いびつな恋愛観……。複雑な生い立ちが偏狭な「反日大統領」を作り上げたのかもしれない。

(取材・文/浅間三蔵)

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