逸ノ城とキラー・カーン「なぜモンゴル人は強くて怖いのか?」

デイリーニュースオンライン

”強くて怖いモンゴリアン”というイメージだけで語ることなかれ!
”強くて怖いモンゴリアン”というイメージだけで語ることなかれ!

 まさに衝撃としか言いようのなかった、先場所(九月場所)での逸ノ城。新入幕力士が一横綱、二大関を倒すという史上初の快挙を成し遂げ、迎えた九州場所では昭和以降1位のスピード出世となる西関脇に昇進したのだ。体調不良が伝えられるが、今場所も大暴れすることは間違いないだろう。他の力士には眠れない日々が続く、まさにモンゴリアン悪夢(ナイトメア)だ。

 モンゴル人力士が大相撲を席巻するのは珍しくもないが、逸ノ城は先輩たちと違って本物の遊牧民出身(注1)。さんざん持ち出されただろうが、やはり遥かなる祖先、草原の蒼き狼、チンギス・カンを想起せずには居られない。そしてもう一人。いま30~40歳代の男性が「モンゴリアン」と聞いてイメージするのは力士ではなく、キラー・カーンではないだろうか? 身長195㌢、体重140㌔の巨体を駆使して相手を圧倒。文字通りモンゴリアンチョップを駆使して大暴れしたプロレスラーだ(注2)。しかし言うまでもなく、正体は新潟県出身の小澤正志。生粋の日本人だ。

 メキシコ遠征時代にテムジン・モンゴル(注3)を名乗って以来、辮髪(実際には満州族の風習だが)、モンゴル帽に毛皮のジャケットと、<西洋人がイメージするモンゴリアン>のスタイルを維持してきた。「モンゴリアンになれ、というアイデアをくれたのはカール・ゴッチさん」とカーン自身が語っていたが、あのクソ真面目な<プロレスの神様>ゴッチでさえ、「モンゴリアンはウケる」と狙ったわけだ。

 実際、プロレス界にはモンゴリアンを名乗るレスラーが多くいる。有名どころだけでもモンゴリアン・ストンパー(アーチ・ゴーディ)、ボロ・モンゴル(マスクド・スーパースター)、ベポ・モンゴル(ニコライ・ボルコフ)などなど。アメリカの大衆(下層)社会を顧客層にして発展したプロレス界では、分りやすい民族、国籍のキャラが好まれる。それこそ第二次大戦後は冷酷なナチスを思わせるドイツ系、卑怯でミステリアスな日系らがヒール(悪役)として売れっ子に。観客は、にっくき敵国のレスラーを罵倒して溜飲を下げるわけだ。しかしモンゴル人は過去においても現在においてもアメリカと直接、対峙したことはないのだが。

プロレス界でモンゴル人レスラーが悪役の理由とは?

 いまさら世界史の授業のような記述は省くが、13世紀初頭にチンギス・カンから始まったモンゴル帝国はあっという間にユーラシア大陸を席巻。遂にはロシア、ポーランド、ハンガリーにまで侵攻し、ヨーロッパを殺戮の嵐に巻き込んだことは史実だ。この恐怖の記憶は後の黄禍論の発端ともなり、西欧社会のモンゴル恐怖症には根強いものがある。当然、西欧社会からスピンオフした実験国家であるアメリカ合衆国しかり。モンゴリアンは精強な騎馬軍団を擁した当時の世界最強軍であり、圧倒的に強い。そして刃向う者に血も涙もない残虐極まる粛清を行ったことで、背筋が凍るほど怖い。<強くて怖いモンゴリアン>のイメージが米国マット界では悪役ビジネスに発展し、実際の強さが日本の大相撲を圧倒しているのだ。

 むろん逸ノ城は気のいい青年であり、怖がる必要はない。破格の活躍に拍手を送るだけだ。しかし一度はキラー・カーンに会ってみたら如何だろうか? 自らの民族イメージの世界での受け止められ方を聞いて、新たな視点を得られるかもしれない。<蒙古の殺し屋><大巨人殺し(注4)>で全米を恐怖させたキラー・カーンは今、新宿で静かに居酒屋の親父をやっている。

(注1)遊牧民…朝青龍や白鵬は、ウランバートル出身のシティボーイ?である。
(注2)プロレスラー…日本プロレス入門後、新日本、ジャパンと所属を変えたが、全米での方が有名。
(注3)テムジン…チンギス・カンの本名
(注4)大巨人殺し…あのアンドレ・ザ・ジャイアントの脚をニードロップでへし折った事件。これでカーンは全米で大ブレイク。実際にはアクシデント説が有力。

著者プロフィール

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コンテンツプロデューサー

田中ねぃ

東京都出身。早大卒後、新潮社入社。『週刊新潮』『FOCUS』を経て、現在『コミック&プロデュース事業部』部長。本業以外にプロレス、アニメ、アイドル、特撮、TV、映画などサブカルチャーに造詣が深い。DMMニュースではニュースとカルチャーを絡めたコラムを連載中。愛称は田中‟ダスティ”ねぃ

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