イスラム国の知られざる収支…誘拐ビジネスが加速する背景

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原油安で誘拐ビジネスに拍車がかかる
原油安で誘拐ビジネスに拍車がかかる

 1月25日、「イスラム国」は人質にしていた2人の日本人のうち、湯川遥菜さんを殺害したと発表した。残る後藤健二さんの解放に政府が奔走するなか、世界中がことの成り行きを注視している。

 イスラム国の脅威拡大に国際社会の懸念が強まっているが、イスラム国問題はいまの世界経済にとって最大のリスク要因といっても過言ではないだろう。

 イスラム国とは、アブバクル・バグダディが率いるイスラム教のスンニ派過激派組織のことだ。武力行使によるイスラム統一国家樹立を目標とする。国際テロ組織アルカイダなどがつくった「イラク・イスラム国」が母体だが、アルカイダの指示には従わず、このためイスラム国とアルカイダの関係は断絶した。

年間で最大700億円の原油収入を得ていたが…

 イスラム国はイラクとシリアに広大な支配地を獲得したが、短期間のうちにこれほど勢力を拡大できたのは、国家運営を可能とするだけの財政面での力を獲得したからだ。そこで、財政面からイスラム国の国家運営の実態を眺めてみよう。

 これまでのイスラム国の有力な資金源は原油の密売であった。イスラム国はシリア北部の油田地帯ラッカを首都にしたうえ、イラク北部のアジールなど油田都市を戦略的に次々に占拠していった。

 国際連合の推計(2014年11月時点)によると、イスラム国は1日あたり4万7000バレルの原油産出力を持つという。産出した原油は国際価格を大きく下回る1バレル=18~35ドル程度で闇ルートに流されており、1日の収入は84万6000ドル~164万5000ドルにもなる。年間では約3億~6億ドル(約350億~700億円)に及ぶ計算だ。

 このため、原油の国際価格が下落すると、闇ルートに流す原油の価格も値下がりし、原油の密売ビジネスから得られる収入は大幅に目減りすることになる。昨年11月のOPECの減産見送りによって原油価格の下落に拍車がかかったが、最大の産油国であるサウジアラビアが、原油価格が下落する中でもあえて原油の減産に踏み切らないのは、イスラム国の資金源を断つことが狙いではないかとも言われる(サウジアラビアはイスラム国が一部を支配するイラクと国境を接しているため、台頭を強く警戒している)。

 また、米英主導の有志国連合の空爆によってイスラム国の油田や簡易製油施設などが次々に破壊されており(米国防総省は2014年8月からこれまでに原油関連施設259カ所を破壊と報告)、最近ではイスラム国の原油の産出量も大幅に減っているとみられる。

 おそらく直近では、イスラム国の原油の密売収入は年間1.6億ドル(約187億円)程度まで減少していると推定される。

兵士の人件費コストは年間350億円以上!?

 その一方、イスラム国はこれまで兵力を大幅に増強してきたため、兵士に支給する給与の額が膨らんでいる。米CIA(中央情報局)によると、現在のイスラム国の兵力は3万1500人程度、1家族につき毎月500ドル(内訳は兵士に400ドル、妻に100ドル、子供1人につき50ドル)を支給していると報告されている。1カ月にかかる人件費コストは1575万ドル、年間では1億8900万ドルに上る計算だ。支配地では生活保護も行っており、その他に戦費もかかってくるので、年間のトータルの財政支出は3億ドル程度に上るだろう。

 原油の密売から上がってくる収入が年間1.6億ドルに縮小する傍らで、財政支出が年間3億ドルの規模に膨らんでいるため、資金源を原油の密売収入だけに頼れば、「イスラム国」の財政は完全に赤字に陥ってしまう。

 このように最近の原油安は、安定的な資金源を断つことを通じてイスラム国にかなりのダメージを与えたとみられる。イスラム国は今月になって約5カ月間にわたって拘束していたイラクの少数派ヤジーディ教徒約200人を解放したが、この背景には資金調達が厳しくなり、多数を拘束し続けることが困難になったという事情もあるだろう。

 しかし、原油密売での資金調達が難しくなったといっても、イスラム国の資金源が完全に断たれたわけではない。

 今後、イスラム国は原油の密売以外の手段で資金を調達する動きを強めてくるだろう。原油の密売以外の資金源としては

  • 誘拐によって得る身代金
  • 支持者からの寄付金
  • 遺跡の盗掘で得た古美術品の売却
  • 人身売買
  • 銀行や一般人からの現金の強奪

などがある。

 これらの資金源の中でも金額的に大きいのが誘拐によって得る身代金だ。国際連合の推計では、イスラム国が2013年の1年間に身代金から得た収入は3500万~最大で4500万ドルになっている。

 これから先、経済的に窮地に追い込まれたイスラム国が誘拐ビジネスに注力し、対立する各国に巨額の身代金を要求してくる可能性には十分な警戒が必要だろう。

著者プロフィール

エコノミスト

門倉貴史

1971年、神奈川県横須賀市生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、銀行系シンクタンク、生保系シンクタンク主任エコノミストを経て、BRICs経済研究所代表に。雑誌・テレビなどメディア出演多数。『ホンマでっか!?』(CX系)でレギュラー評論家として人気を博している。近著に『出世はヨイショが9割』(朝日新聞出版)

公式サイト/門倉貴史のBRICs経済研究所

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