北朝鮮は3月26日、朝鮮中央通信を通じて「反共和国偵察・謀略行為」を働いた韓国人男性2人をスパイとして逮捕したと発表。平壌で内外の報道機関を集め、2人の記者会見を開いた。

　スパイ容疑うんぬんについては北朝鮮のでっち上げである可能性が高いにしても、朝鮮中央通信が配信した2人の陳述内容は実に興味深い。全部で4000字以上もあるため、私が編集長を務める「デイリーNKジャパン」ぐらいしか全文を乗せている媒体はないが、「スパイ」としての2人の「罪状」が実に細かく述べられているのだ。

　たとえば、「金正日氏が陸路で訪中する際に鉄道や駅の情報を集めた」「北朝鮮の経済を混乱させるため偽造紙幣を持ちこんだ」「北朝鮮の体制を転覆させる目的で宗教宣伝をした」「金正恩氏をバカにするマンガを北朝鮮に持ち込んだ」……などなどである。

　偽造紙幣はともかく、他の“容疑”に関して言えばいずれも日本でなら絶対に罪に問われないものばかりだ。やはり、スパイ容疑はでっち上げと見るのが正しかろう。そしてもうひとつ、彼らの「罪状」の中にひときわ目を引く一文があった。

「2012年3月頃、華僑のユン某が共和国に入国する際、エロビデオと南の映画が収録されたCD50余枚、2つのフラッシュメモリーを渡して共和国境内でコピー、流布させるようにした」

　スパイ罪ともなれば、重労働などの刑罰は避けられない。ヘタをすれば死刑だってあり得る。その容疑の中に「エロビデオ」が含まれるとは、ずいぶん緩んできた北朝鮮の社会統制も、日本などと比べればまだまだ異次元のものだと言わざるを得ない。

万景峰号の船員たちは日本のAVを北朝鮮に運んでいた!?

　だが実際のところ、「エロビデオ」はすでに北朝鮮国内に氾濫しており、いまさら取り締まってもまったく手遅れと言える。北朝鮮へ食糧支援を行っている団体のメンバーが打ち明ける。

「北朝鮮ではすでに5年以上前の時点で、韓国製のアダルトDVDが1枚当り50米ドル程度の高値で取り引きされていました。平壌の金持ち幹部たちの間で人気があり、品薄状態が長らく続いていた」

　また、2011年ごろには、アダルト物を含む韓国製DVDの「訪問販売」が、平壌を中心に盛んに行われていたという。

「DVDの訪問販売業者が『ノック商人』と呼ばれていました。彼らはアダルトビデオだけでなく、炊飯器やテレビなどの韓国製品も売っていました」

　しかし、北朝鮮に対する「エロビデオ」持ち込みでもっとも大きな役割を担ったのは、なんといっても朝鮮総連系の在日朝鮮人であり、彼らと接点を持っていた北朝鮮船舶の船員たちだろう。総連OBが話す。

「万景峰（マンギョンボン）号のように定期的に日本にきていた船の船員たちは、日本製品に対する目が肥えていたんです。アダルトビデオも大好きだったし、『コンドームもいろんな種類があって、土産に買っていくと喜ばれる』と話していました」

　日本政府が北朝鮮に対する経済制裁を発動して以来、こうした形での“日朝交流”も途絶えて久しい。しかし、彼に現在に至るまで日本製アダルトビデオの流入が続いていたとしたら、朝鮮総連の関係者が「スパイ」容疑で捕まることもあり得たのだろうか!?

著者プロフィール

デイリーNK東京支局長

高　英起

1966年、大阪生まれの在日コリアン２世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNK」の東京支局長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』（新潮社）など。@dailynkjapanでも日々、情報を発信中