ピース又吉『火花』200万部と干される書店界隈の仁義なき戦い|やまもといちろうコラム

デイリーニュースオンライン

大ヒットを記録中の『火花』
大ヒットを記録中の『火花』

 やまもといちろうです。穏便な人柄だという評判が高まっている私ですが、先日家族で高尾山にいったら降りるケーブルカーで山頂ビアホールから来たと思しき酔客に絡まれて大暴れしてしまいました。子供の寝ているベビーカーが車中混雑のときに邪魔だったという主張のようですが、だからといって蹴飛ばしてよい理由にはなりません。私のような穏便な人間でも、たまには怒るときもあるので気をつけましょう。

 ところで先日、出版取次大手の栗田出版販売が民事再生手続きとなりまして、しめやかな債権者集会が開かれていたようです。栗田出版自体が放漫経営だったというよりは、出版を取り巻く構造が劣化して、収益基盤が乏しい以上、ベストセラーが出ても流通はなかなか恩恵に預かれないという意味では救いの無い世界であることはよく理解できます。

出版不況を象徴する「栗田出版販売民事再生」と講談社『G2』休刊

 また、子供の本を扱う老舗出版社である国土社も民事再生手続きに入り、救済する資本家が現れるのを待っている状態のようです。正直、デジタル知育の世界はどこぞの自治体が二束三文のタブレットを税金かけてばら撒いて使い物にならず問題になる一方、真面目に子供の教育のあり方に取り組んできた会社が、時代の流れに乗れず沈没していく姿は物悲しいものがあります。

国土社

 その救いの無さについて、天上界の戦いとして「日本ドメスティックな界隈の雄」である紀伊国屋書店と、「グローバル勢力の尖兵」たるアマゾンジャパンの間で、木っ端のような資本の各出版社が右に行ったり左に行ったりしながら世界の均衡を保っているというファンタジー世界がそこにはあります。

出版社6社が書店に謀反!? アマゾンと安売り契約で紀伊國屋書店が大激怒!

 記事中は「謀反」とか穏便さの欠片も無い表現が踊っておりますが、定価販売が義務付けられ返品がし放題という書籍の再販制度というマグナカルタが存在する以上、紀伊国屋書店側としては手足を縛られた状態でamazonにやりたいようにされてはたまらない、というのは事実でありましょう。

 一方で、いまやデジタルコンテンツ全盛の状態で、紙の本に郷愁は感じるとはいえ、紙媒体の流通にだけ再販制度が敷かれて既得権を守ろうとしても、それに利用者はどれだけの利便性があり、社会的意義を持つのかといわれるととても微妙なところであります。

 ましてや、最近の出版社情勢で言えば取次を通さず書店に直接卸す形で抜く会社が好調です。そういう会社に限って本で儲けるのではなく、セミナーやデジタルコンテンツなどでの付加価値商売に血道をあげて収益を確保している状態ですので、いわゆる「本を出した」というのは駅前や街頭で配るチラシ程度の存在でしかないのもむつかしいところです。

 月に20冊ぐらい本を読む私としては、「紙の本をぞんざいに扱うな」という感傷的な情緒が溢れる一方で、これからの若い人はどんどん紙で情報を摂らなくなるし、私でさえ合理的に考えればすべてをKoboやKindleに取り込んで読むのが日常的に当たり前になってます。すでに述べたとおり、紙の本に拘っていては、もう業績的に山を登ることなど無いのが書店、取次、出版社という業態で、むしろ紙の本にまだノスタルジーを感じてくれて価値があると思っている層に対して、どういう付加価値のある別のビジネスをぶつけるのかが大事だ、という状況なわけですね。

〝紙の本〟ビジネスの可能性

 そんな中で、出来レースだ下品な話題づくりだと酷評されながらも、お笑い芸人のピース又吉さんが上梓された『火花』が200万部のヒットになったということで、出版界・文芸界もちょっとしたお祝いムードになっております。売れるというのは大事です。それが、きちんとした継続的な仕掛けの中で、読者と共に多くの知識や共感の架け橋になってくれることを願う次第ですし、望むならば、又吉さんには次回作品以降もしっかり話題にされて大作家となり文芸の世界を牽引して欲しいと願う次第です。

 お笑い発のベストセラーには、麒麟・田村裕さんが自叙伝『ホームレス中学生』をヒットさせた一方、自分の経歴を切り売りしているだけの執筆で次が続かず忘れ去られてしまった過去があります。人柄は本当に素晴らしい人だけに、もっと継続して売れて欲しかった。

 又吉さん自身はお笑いのキャリアがまだないころから、携帯電話で小説を執筆していたというほどの人ですので、そう簡単にネタ切れで枯れることはないのかもしれませんが、今回売れた『火花』も書き口の文芸は上品でも内容自体は彼自身のお笑いの中での体験や共感、類推がベースになっていて、まったく違う世界観を構築できるような作家であるかはまだ分からず、未知数に感じます。個人的には、彼が過去に出した短編『そろそろ帰ろかな』のほうが、本来は彼自身の持ち味であり読み手の間口も広いんじゃないかとさえ感じるわけでありまして……。

 また、劇団ひとり(川島章吾さん)が2006年に出版した『陰日向に咲く』も、とても繊細な内容で文芸の読み手に広く支持される作品でした。100万部突破したらしいですが、その後の作品である『青天の霹靂』のほうが昂揚とした川島章吾の世界観を表していて個人的には好きなんですよ。その後、大泉洋と柴咲コウの主演で映画化されていましたが、すごーく退廃した平凡な一個の人生が、本当に青天の霹靂で回顧されて映画をあまり観ない私でも楽しく感じられたわけです。

 これらは、だいたいが出版を活用した、売るための「仕掛け」なわけですよ。本を出し、映画にしたり劇をやったりドラマにしたり、いろんな表現系で回収するためのモデルであって、ちょっと前に話題になった百田尚樹さんにしても、売れる作家をコアにしていろんなものを企画して本単体ではなく、作品の面で稼ごうとするピュアな出版社の気持ちを理解してあげて欲しいのだ、と思います。

 本題から外れてぜんぜん違うことを熱く語ってしまいましたが、今後ともよろしくお願い申し上げます。

著者プロフィール

やまもといちろうのジャーナル放談

ブロガー/個人投資家

やまもといちろう

慶應義塾大学卒業。会社経営の傍ら、作家、ブロガーとしても活躍。著書に『ネット右翼の矛盾 憂国が招く「亡国」』(宝島社新書)など多数

公式サイト/やまもといちろうBLOG(ブログ)

「ピース又吉『火花』200万部と干される書店界隈の仁義なき戦い|やまもといちろうコラム」のページです。デイリーニュースオンラインは、お笑い芸人やまもといちろう芸能連載などの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る

人気キーワード一覧