V6坂本昌行が17日に放送された「人生が変わる1分間の深イイ話」(日本テレビ)に出演。ジャニーズでは珍しい、付き人時代のエピソードを明かした。
1995年にデビューしたV6。そのリーダーをしている坂本昌行。番組では坂本に密着すると、以外な一面が見えてきた。
常にパソコンで作業しているのは、「建物の設計が趣味」と3Dソフトを使って依頼されていないのに、日本テレビタワーや、代々木体育館を設計。楽屋や洗面台まで細部までこだわりをみせた。
週5でジムに通い、24キロのダンベルも軽々と持ち上げ、トレーニングにも励む、かなりストイックな性格ぶり。
そして、坂本はハリセンボンの近藤春菜と対談。
デビューして20年経つが、「完全にプライベートで6人集まったのは、デビュー当時に1回ぐらい」。
そのときは、岡田准一のサプライズパーティーを井ノ原快彦の家で行ったそうだ。最年少の岡田と最年長の坂本は9歳の差。「ボクはもうお父さんみたいでした」と話し、事務所にも、「岡田には絶対学校を休ませるな」とお願いしていた。
そして、坂本は一度ジャニーズを辞めたことがあることを明かした。
20歳ぐらいのとき、一度事務所を辞めて旅行代理店で働いた。
しかし、あるときデビュー前のKinKi Kidsと電車で遭遇。「何をしているの?」と聞かれ、恥ずかしくて答えられなかったそうだ。
その後、ジャニーズ事務所に復帰。すぐに仕事があるわけではなく、東山紀之の付き人を1年ちょっと務めている。
「長期で付き人という状態でお給料をもらっていたのは、僕だけじゃないですかね」と坂本。
付き人として、送り迎えや身の回りの世話をして給料をもらっていたが、当然ジャニーズ事務所から給料が発生しているものだと思っていた。
「後からさらっと聞いたんですけど、実は東山さんが出してくれていた」と、給料の出所は東山の自腹であったことを明かした。
当時、東山は26歳ぐらい。今でも、夜中、携帯に東山から連絡が入ると速攻で行く「急に付き人に戻ります」と、東山に感謝をしており、当時は一度も怒られたことがないとも明かした。