東京・名古屋からそれぞれ新幹線で約1時間で行くことができる静岡市は、徳川家とはとても縁が深い町で、江戸時代は駿府城を中心として、また東海道の中心として栄えた城下町でした。
初代将軍の徳川家康は幼い時と晩年を過ごし、そして最後の将軍・徳川慶喜も戊辰戦争で破れた後、謹慎中を含めてその生涯の約20年を、静岡市で過ごしました。
徳川慶喜が静岡市へやって来た時は33才で、多くの時間を写真・狩猟・投網・囲碁・謡曲など多くの趣味に没頭する生活を送っていました。
写真や狩猟の際には屋外に出かけ、見かけた静岡市民からは「ケイキ様」と呼ばれて、多くの人々から親しまれていたそうです。
その徳川慶喜が静岡市で住んでいた場所が、今回ご紹介する「浮月楼(ふげつろう)」です。
・JR静岡駅から徒歩5分の場所にある、静岡随一の名園「浮月楼」
静岡市の繁華街からすぐ近く、周囲の喧噪とはかけ離れ静けさに包まれた場所に、「浮月楼」はあります。この「浮月楼」こそ、徳川慶喜が大政奉還後の明治2年から約20年あまりを過ごした屋敷跡です。
浮月楼は、徳川慶喜が平安神宮を手がけた京都の庭師に造らせた回遊式の庭園が元になっています。徳川慶喜はこの美しい庭を眺めながら、静かに過ごしていましたが、近くに東海道線が開通し、汽車の音がうるさいため、別の場所に引っ越しをしてしまったそうです。
その後、残念ながら屋敷は火災で焼失してしまい、現在では庭園や一部の建物を残すのみとなってしまいました。
現在は料亭「浮月楼」として約2000坪の庭を眺めながら食事を楽しむことができ、多くの静岡市民にとって憧れの催事場となっています。
・浮月楼で絶品の懐石料理を頂く!
歴史ある庭園に加えて「料亭」と聞くと身構えてしまいますが、浮月楼の浮殿(うきどの)では、見事な庭園を眺めながら、四季折々の懐石料理を気軽に楽しむことができます。
懐石料理は、ため息が出るほど一品一品丁寧な仕上がりで、美しい彩りに季節を感じながら目と舌を楽しませてくれます。