[架神恭介の「よいこのサブカル論」]

週刊少年ジャンプ『ベストブルー』連載打ち切りの理由を考察「競泳を漫画で描く難しさ」

週刊少年ジャンプ公式サイトより

 2015年の週刊少年ジャンプ52号にて、競泳漫画「ベストブルー」が打ち切り終了となりました。

「ベストブルー」は離島育ちの少年、青野拓海がテレビで見た競泳のインターハイ決勝に衝撃を受けてスイマーを目指し、都会の春雨高校に進学。そこの水泳部に入り部員と切磋琢磨したり、大会に出たりする漫画でした。

 内容的には「打ち切りやむなし」といった感はあるのですが、では、「何がどうマズかったのか?」と問われると言語化の難しい作品でもあります。そこで今回は、競泳の競技性と漫画におけるキャラクターの立て方に関して、この点を考えてみたいと思います。

 本作の流れは大雑把に4つのフェイズに分けられます。

1. 主人公、高校進学前に特訓する
2. 高校に進学し部員と出会う
3. 部内でレギュラー争いをする
4. 大会で戦う

 各々のフェイズを順を追って見ていきましょう。

主人公はなんで競泳してんの?

 まず最初の「主人公、高校進学前に特訓する」のフェイズです。主人公の青野くんは六年前、テレビでインターハイのメドレーリレーを見て、「4泳法それぞれで全て高校記録」を出して優勝した天海高校に感動して競泳を志します。

 競泳に向かうその強い気持ちが序盤のフェイズの中心であり、また、「主人公のキャラクターを立てる」という意味では、彼の強い気持ち、競泳への情熱・執着が青野拓海というキャラクターの核になるはずでした。

 しかし、「テレビを見て興奮して競泳を始める」というのは、考えてみるとどうもピンと来ない。いや、もちろん実際にそういうきっかけで競技を始める人はいるのでしょうが、漫画としては説明不足に感じます。テレビを見て主人公が何に感動したのかがよく分からないのです。その時の天海高校のアンカーに憧れたと言ってるけど、アンカーの何に憧れたのかが分からない。例えば、ダイナミックな泳法だとか、美しいストロークだとか、そういうのに対する感想が一切ないのです。

 なので、なんで主人公がそんなに競泳に執着するのか分からない。そもそも競泳って別にやっても楽しそうに思えないので、執着する程の楽しさを説明してくれないと主人公に共感できないんです。野球とかサッカーなら、「逆転ホームランを放った」とか「ドリブルでゴボウ抜きにした」とかの個人技に憧れるのは想像しやすいのですが、競泳ってみんなきれいなフォームで、筋肉鍛えて、一生懸命泳いでるだけでしょう? という印象があります。他の選手と比べて「何が凄いと思って」青野くんは天海のアンカーに憧れたのでしょうか? 何に憧れた結果、競泳に情熱を燃やしているのか。そこが分からない。ぶっちゃけ、アナウンサーの煽りが巧くて興奮しただけじゃないの?と思ってしまう。

「競泳の競技性に惹かれたんじゃなくて、新記録樹立の盛り上がりに興奮しただけなのでは?」となると、主人公のキャラクター性と「競泳の魅力」がリンクしないんですね。競泳への情熱・執着が主人公の核のはずなのにそこがあやふやになってる。たまたま見てたテレビが陸上リレーで、そこでも新記録を樹立してたら、青野くんは今頃陸上やってそうな気がするんですよ。

判別困難! 分かりにくすぎる新キャラたち

 主人公のキャラクター性に関して上記の問題を孕みながらも、序盤はまだ作者の平方先生の軽快なリズム感が発揮されていて悪くないのですが、いかんせん華がありませんでした。

「漫画はキャラクター」とよく言われます。華のあるキャラクターが読者の吸引力となるのですが、キャラクターってビジュアルとか設定とかだけじゃなくて、他者との関係性においても構築されていくんですね。Aさんの隣にBさんを出すことで、Bさんへの対応を通じてAさんのキャラクターが構築されるわけです。

 で、主人公に華があるのがベストなんですが、主人公と関係しているキャラクターがそれまではほぼコーチしかおらず、コーチとはさほど魅力的な関係性を築けていませんでした。水泳部に入り、部活の仲間ができてからが勝負だったわけです。そして、次のフェイズ「高校に進学し部員と出会う」で、一挙に10名ものネームド部員が登場したのですが……

 これがとにかく分かりづらい!!! いかんせん競泳です。みんな裸だし(服装で差別化できない)、キャップを被るし(髪型で差別化できない)、ゴーグルを着けるしで(顔の造形も分かりにくい)、誰が泳いでて、誰が喋っているのかが全然分かりません。いや、キャップから漏れる僅かな髪の毛や口調と名前を照らし合わせれば一応の識別は可能なのですが、漫画ってキャラクターの正体を必死に特定しながら読むものではないですからね……。

 これがアニメなら、まだ色が着いたり声優で区別したりできるのでしょうが、漫画ではあまりに厳しい。この辺で「競泳って漫画に向いてないなあ」と読者はしみじみ思い始めるわけです。

「要するに力いっぱい泳げばいいんでしょう?」の世界

 そして、フェイズ3「部内でレギュラー争いをする」、フェイズ4「大会で戦う」において本格的な競泳勝負が描かれるのですが……。

 本作では冒頭と最終話に次のようなテキストが挟まれます。

「水中(そこ)には優れたコーチも頼れる仲間も、偶然の勝利すら入る余地はない。あるのは己の実力のみ――。それが"競泳"!!」

 おそらく、これが平方先生の競泳に対する根っこの理解だと思われます。でも、こういうこと言われると、「えっ、じゃあ練習がんばって、本番でも一生懸命泳ぐだけ??」と思ってしまいますよね……。それじゃ試合中に何のドラマも生まれそうにない気がするんですが、実際に概ねその通りでした。フェイズ3以降では、以下の5つの戦いが描かれます。

「青野 vs 尾永」(レギュラー争い)
「伊達 vs 海王」(メドレー)
「芽城 vs 烏賊崎」(メドレー)
「仁兵衛 vs 姫川」(メドレー)
「青野 vs 水神」(メドレー)

 それで、これらの結果ですが……

「青野 vs 尾永」:二人とも練習を頑張って一生懸命泳いだ結果、青野が勝った。
「伊達 vs 海王」:伊達の地力が海王より上だったので勝った。
「芽城 vs 烏賊崎」:ペースを乱したが気合で頑張って芽城が勝った。
「仁兵衛 vs 姫川」:仁兵衛はプレッシャーに弱いがそれを乗り越えた。後は地力が上なので勝った。
「青野 vs 水神」:伊達、芽城、仁兵衛が大幅リードしてくれてたので青野が勝った。

 と、このように、概ね「地力が上だから勝てた」「勝てる状況だったから勝てた」というだけの話になっています。「偶然の勝利すら入る余地はない」のだから、それはそうなのかもしれませんが……(しかし、芽城の勝因だけはよく分かりません)。これがまたキャラクター性の薄さに繋がってまして、「必殺スイム」みたいなのも特にないので、「この先輩は泳ぎが速い」「この同級生も泳ぎが速い」みたいに、水泳面での特徴がみんな「泳ぎが速い」に収束してしまうのです。

 それにそもそも、競泳において他者の存在が主人公に何の関係があるのかよく分からないんですよね。何しろ僕たちは競泳の競技性などロクに知りませんから、「要するに力いっぱい泳げばいいんでしょう?」くらいの理解しかありません。一人で頑張る世界という認識だし、作中冒頭でもそれが語られています。

 それに作中で競泳の競技性がほとんど説明されないので(5話で駆け引きについて触れられましたが、以降、駆け引き要素は出てきませんでした)、それ以上の理解が得られません。同級生の部内ライバルとか、最強のスイマーとか出てきても、「それが何なの? 主人公は力いっぱい泳げばいいだけじゃないの??」としか思えない。

 なので最終話で、「すごいスイマーの水神がすごい圧力で追い上げてきてるのに、青野は失速しないからすごい」と言われても、読者としてはポカーンとなってしまう。「隣の泳者がどうであれ、力いっぱい泳げばいいだけじゃないの???」としか思えないのです。隣のレーンの泳者がどういう影響を与えてくるものなのか全然分からない。練習で出してる自己ベスト目指して力いっぱい泳げばいいだけじゃないの、としか思えない。

 実際のところは、競泳経験者によりますと練習でのベストタイムを本番で出せる訳では全然ないらしく、そもそも自分がどのくらいのペースで泳いでるかも分からない。なので隣の泳者を目標とするしかなく、隣の泳者に引っ張られて記録が伸びたり、逆にペースが乱れたりすることはよくあり、そこで駆け引き要素が生まれるらしいのです。

 なので、実は「要は力いっぱい泳げばいい」だけではないらしく、作中で「ぶつかりあって磨き合う」「張り合える相手のいる大切さ」を強調しているのは、これを前提としているのだと思うのですが、いかんせん前提の説明がないから素人にはさっぱり分からない。それに青野くんは最終的に隣の泳者を気にせず泳いだのが勝因なんですよね……。うーん、よく分からない。

 というわけで、まとめますと……

1、競泳の何が魅力なのか全然分からないよ!(主人公の心情が掴めない)
2、みんな半裸でキャップ被ってるよ!(キャラクターが識別できない)
3、大会中に色んなドラマがあったけど、要するに力いっぱい泳げばいいだけじゃないの!?(競泳における他者の存在意義が分からない)

 といった具合で、競泳という競技を読者に伝えきれなかったことで、付随してキャラクターが輝かなかったのが最大のウィークポイントかと考えます。

 しかし、2の判別問題はともかく、1と3に関しては、主人公に競泳という競技自体の魅力を語らせたり、競泳の競技性をもっと魅力的にアピールするなどして対応できた気もします。ちょっと題材の難しさに挫けちゃった印象を受けますね……。

 ただ、作者の平方先生的にも今作はあえて未踏のジャンル(スポ根)にトライしてみての結果のようですので、次はまた『キルコさん』や『31HEROES』のような先生の得意とする土俵で戦って欲しいなーと思います。

著者プロフィール

作家

架神恭介

広島県出身。早稲田大学第一文学部卒業。『戦闘破壊学園ダンゲロス』で第3回講談社BOX新人賞を受賞し、小説家デビュー。漫画原作や動画制作、パンクロックなど多岐に活動。近著に『ダンゲロス1969』(Kindle)

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