北朝鮮のエリート層が、金正恩党委員長に対して反旗を掲げるよう環境を整えるべき――米国の有力シンクタンク・外交評議会(CFR)の朝鮮半島専門家であるスコット・スナイダー上級研究員は1月31日、米上院外交委員会の聴聞会でこのような主張を行った。
無実の人々を処刑その趣旨は、概ね次のようなものだ。
米国は、正恩氏と北朝鮮のエリート層が不可分の「運命共同体」であるとの認識から脱するべきだ。そして北朝鮮が核兵器を放棄し、人権などの国際規範を遵守するとき、北朝鮮とそのエリート層の生存が保障されるということを示すべきだ――。
筆者は、この意見に反対ではない。しかし北朝鮮の権力者たちの「やりたい放題」の実態を知ってみれば、実行に当たっては留保すべき部分があるとも考える。
スナイダー氏が述べたような主張は、昨年から目につくようになった。嚆矢となったのは、韓国の朴槿恵大統領が8月15日、光復節(日本の統治からの解放記念日)71周年を祝う式典で行った演説かも知れない。この中で朴氏は、「北朝鮮当局の幹部と住民のみなさん」と呼びかけ、「統一はあなた方すべてが、いかなる差別や不利益もなく同等に扱われ、それぞれの能力を存分に生かし、幸福を追求することのできる新たな機会を提供します」と述べた。
「幹部(エリート)」と「住民(一般国民)」を同列に扱い、正恩氏と「幹部」を区別して見せたのだ。
北朝鮮が核武装した今、国際社会は先制的な軍事力の行使などの外科的な方法で、北朝鮮の抜本的な変化を実現する手段をほとんど失ってしまった。残されたのは、内部からの変化を誘発する方法だけだ。
そうである以上、上記のような主張は合理的と言えるだろうし、脱北したテ・ヨンホ元駐英北朝鮮公使も同様のことを言っている。
しかし、強者が弱者を踏み台にして生き延びる北朝鮮社会に、庶民の犠牲と無縁なエリートがどれだけいるだろうか。強大な権力を武器に、無実の人々に極刑に追いやる秘密警察の「恐喝ビジネス」は極端な例であるとしても、庶民の側からすれば権力者と金持ちは「皆同罪」に見えるかもしれない。