労働者階級シネマを作り続けるベテラン監督が問う「個人の尊厳」

| まいじつ
労働者階級シネマを作り続けるベテラン監督が問う「個人の尊厳」

映画評論家・秋本鉄次のシネマ道『わたしは、ダニエル・ブレイク』

ロングライド配給/3月18日より東京・新宿武蔵野館ほかで公開
監督/ケン・ローチ
出演/デイヴ・ジョーンズほか

たまには社会派シネマでも観ようという人に、これはぜひお勧めしたい。今年80歳になるイギリスのベテラン監督ケン・ローチが、一度引退宣言をしたが、世界中に広がる格差と貧困を改めて目の当たりにして、これだけは撮りたい、と引退撤回したという。ウディ・アレン(81歳)しかり、クリント・イーストウッド(86歳)しかり。外国映画はつくづくシルバー世代が元気だと思う。

舞台はイギリス。還暦近い大工と若いシングルマザーの“美しき連帯”を描いたこの作品。妻に先立たれ独り身のダニエルは、心臓発作で医者から仕事を止められ、国から雇用支援手当を受けるが、その職安での手続きが複雑この上ない。わざと煩わしくて諦めさせるのが目的か、と思うほど。事務的な係員とのやりとりは、ほとんどブラック・ユーモアに近い。社会派だけど、堅苦しくないのがローチ監督の作風。それがここでも生かされる。

職員とモメていたケイティに加勢したため、一緒に職安を追い出されたダニエルは、ボロ・アパート住まいの彼女の力になろうとする。大工の腕前を生かして部屋を修理するくだりなど、性別も年齢も違う孤独な魂が疑似家族的に寄り添う描写が、実に自然体でいい。

現実問題のなかから生まれた地味でもすごい映画

ローチ監督の一貫して労働者階級、社会的弱者に目線を置く姿勢には変節がない。自身も労働者階級出身のせいか筋金入りだ。“高齢者の反逆”が題材なら前出のイーストウッドの監督・主演作『グラン・トリノ』(2008年)にも似ている。でも、あちらは元アクション・ヒーロー、最後は映画的に悲壮感漂うカッコよさをみせる。その点、ローチ版の主人公は個人の限界をイヤというほど味わう。

ケイティが生活苦から風俗嬢に転じるシーンで、彼女にも、その業界の男たちにも文句を言えずにスゴスゴ帰る情けなさ。労働者階級もきれい事では生きて行けないのである。しかし、同時に“個人の尊厳”も謳い上げるところが肝心だ。コメディアン出身、映画初出演のデイヴ・ジョーンズがしぶい味。お笑い畑出身の人がシリアス演技をすると、時にはまる瞬間がある。この映画が良い例だろう。

いま、イギリスでは福祉・医療・教育の予算がバンバン削られているとか。日本でも「保育所落ちた、日本死ね騒動」や、小田原市の生活保護担当の「不適切ジャンパー問題」などが取り沙汰された。そんな現実問題の中、この“地味に凄い”映画を実感して下さい。

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