明石家さんまに伊集院光も…次々「確執」生んでいたラジオ局

| まいじつ
明石家さんまに伊集院光も…次々「確執」生んでいたラジオ局

4月10日に、明石家さんまが29年ぶりにニッポン放送と和解したというニュースが報じられた。

29年もの長期にわたって同局でパーソナリティーを務めなかった理由は、当時のレギュラー番組『明石家さんまのラジオが来たゾ! 東京めぐりブンブン生放送』(1983年5月~1988年3月)の放送時に、ディレクターが事前に録音していた音源を、あたかも生放送のように放送してしまったことが原因だという。ファンを大切にすることで有名なさんまだけに、リスナーを裏切るような行為を勝手にされてしまっては立つ瀬がない。その後に、責任を感じて番組を降板してしまったのだという。

テレビ番組で突然の降板というと、出演者のスキャンダルなどが理由に挙げられることが多い。だが、ラジオは出演者の番組に対するこだわりも強く、製作者と揉めて降板するケースも多いようだ。

クイズ番組『Qさま!!』やなどのテレビ番組で“知識人タレント”として活躍している伊集院光は、一方で深夜のラジオ番組で絶大な支持を得ている人気のパーソナリティーとしても有名だ。21年以上も続く『伊集院光 深夜の馬鹿力』(TBSラジオ)は、放送当初から現在まで、変わらず高聴取率を誇っている。しかし、そんな彼にもニッポン放送と決裂した過去がある。

初めてのレギュラー生放送直前に伊集院が言われたひと言

「伊集院がニッポン放送で初めて生放送番組を担当することになり、出演するために待機していた際、当時の編成部長が酔っぱらってやって来て、いきなり伊集院の頭をつかむと『売れるにおいが全くしねえ』と言ったのです。このことが尾を引き、伊集院はニッポン放送を辞めてしまいました。その後に、拾ってもらったTBSラジオでは『いつかニッポン放送を見返してやる』という気持ちでいっぱいだったそうです」(放送局関係者)

以降、「ニッポン放送には頼まれたって行くものか」と決裂していた伊集院だが、2014年にニッポン放送開局60周年記念番組『ラジオで聴いた忘れられぬミュージック』から出演依頼があり「記念だし、もういいか」と久しぶりに出演した。そのとき、その当時の編成部長と再会してしまったという。

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