和歌は上品で風流?
和歌といえば平安貴族のイメージで、雅やかで風流な「もののあはれ」を体現している印象をお持ちの方が多いのではないでしょうか?広く親しまれている百人一首には、奈良時代から鎌倉時代までの歌人たちの美しい歌が並んでいます。
「春霞 たてるやいづこ み吉野の 吉野の山に 雪はふりつつ(題知らず 詠み人しらず)」
(もう春になったけれど、春霞の立ちこめている場所は、一体どこにあるのだろう。この吉野の山にはまだ雪が降っているというのに)
『古今和歌集』の「巻1 春歌 上」に取り上げられている、季節の移り変わりが詠み込まれたこの歌などは、風流なイメージがある和歌の典型でしょう。
あらま、こんな歌が『万葉集』にしかし、「雅で上品、風流」だけが和歌の全てではありません。『古今和歌集』よりも古い時代に編纂された、最古の和歌集である『万葉集』には、ビックリな内容の歌も取り上げられているのです。その歌は「巻16 雑歌」の3842番目に登場する一句です。
「或ヒト云ク 平群(へぐり)朝臣が穂積朝臣を嗤咲ける歌一首」という詞書に続き、
「童ども 草はな刈りそ 八穂蓼を 穂積の朝臣が 腋草を刈れ」
(草を刈っている子供達、穂の沢山ある蓼の草はもういいから、穂積朝臣の臭い腋の下の草を刈れよ)
「平群朝臣」という人が「穂積朝臣」という人を「ワキガ」と嘲笑った歌であることが分かります。優雅で上品な「和歌」のイメージを一気に崩してしまう歌であることは、間違いありません。