嵐・二宮和也(33)が司会を務めるバラエティ番組『ニノさん』(日本テレビ系/5月14日放送)の中で、二宮が仕事をする上で「ベースにしている」言葉があることを明かした。
番組の中では、二宮が初めてジャニー喜多川社長に怒られたときの話を披露。今でこそ俳優としての活躍が光る二宮だが、映画やドラマに出演し始めた当時は、歴代ジャニーズアイドルが当たり前のように取っていた、とあるドラマ大賞の「新人賞」が獲得できなかった。その時、「お芝居をして良い悪いはあるかもしれないけど『きみは固定客があるでしょ』って。『あなたはずっと他の活動も見た上で、応援してくれている人がいるでしょ。なのになんで1位獲れないの?』」と怒られたそう。
そんな挫折がありながらも、二宮を支えたのは「一緒に死ねる人を探しなさい」という衝撃的な“金言”だったよう。これは、ザ・ドリフターズのいかりや長介からもらった言葉だそうで、二宮が今後大きく成長していくと、「あなたを使って生き永らえようとする人がいっぱい出てくる」と助言を受けたとか。その上で、「『おまえとだったらどんな結果でもいいよ、一緒に死んでもいいよ』って思える人を見つけなさい」と、命を預けてもいいと思える人と付き合っていくように、と教えられたそう。
この言葉を受け、二宮は「新しい作品をやるたびに『この人は一緒に死んでくれるのかな?』って考えながら(やってる)。死んでくれるんだったら、全部出して、それ以降ドラマ出ない、映画は出ないって『これで一緒に死ぬ』」という覚悟を持って、ドラマや映画の作品に挑むようになったようだ。ちなみに、二宮に向かって「一緒に死のう」と言ったことがあるのは、演出家の蜷川幸雄だったとか。
二宮と蜷川は、2003年に公開された映画『青の炎』で出会う。俳優に厳しく指導することで知られている蜷川だが、当時19歳だった二宮にも「今は『嵐』じゃねえんだぞ!」などとゲキを飛ばしていたこともあったとか。ここまで厳しい指導ができたのも、二宮と“一緒に死ぬ”覚悟があったからだろう。
「死ぬ」と言うと大げさな表現にも聞こえるが、1回1回の仕事を全力でやりきるという意味では、あながち間違ってもいないだろう。俳優としての二宮の強さは、この原点にあるのかもしれない。
- 文・ジャニーズ研究会(じゃにーずけんきゅうかい)
- ※ジャニーズを愛する有志による記者集団。『ジャニーズ50年史』『完全保存版ジャニーズの歴史――光も影も45年』『ジャニーズに捧げるレクイエム』(鹿砦社)など多数の出版物を刊行。
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