天才・ビートたけしは、かなりのメモ魔です。殿が持ち歩く大きめのトートバッグの中には、常にシンプルな大学ノートが4~5冊は入っていて、分類は、「お笑いのネタ用」「映画の台本用」「その他、何でも思いついた事柄をメモる用」と、かなり細かく分けられています。ノートへの書き留め方は、どれもが無駄を極力排除した個条書きです。
あれは10年程前、わたくしが初めて北野映画の台本作りに参加した時のこと──。夕方、指定された時刻に殿の仕事部屋へ赴くと、グレーのジャージに白いTシャツ姿で現れた殿は、
「お前、飯食ったか?」
と、まずはこちらの腹ペコ具合を気にかけると、
「とりあえず出前でも取って、待ってる間に台本のほうやっちまうか」
と、その日の流れを軽く説明したのです。そして、大変値の張るステーキ丼を注文すると、
「よし、じゃー読み上げながらやってくからよ。わからない所あったら聞けな」
と宣言し、シンプルな大学ノートを開きました。
「え~っと、あれだな。まずはよ、銀座あたりの下に店舗が入ってるビルの2階にある、小さな喫茶店。その喫茶店に、30過ぎぐらいの地味な感じの女がひとりで何か飲んでる。そこへ作業着姿の男が入ってくる」
と、ノートに目を落としながら、ポツリポツリと語りだしたのです。この時、チラッと殿のノートに目をやると、かなり大きな文字で、〈銀座の小さな喫茶店。女。男が入ってくる〉とだけ書かれていました。
もうそこから先は、ノートの個条書きを見ては、スラスラと、ト書きとセリフを1人で語りながら物語を紡いでいき、途中、べらぼうにうまいステーキ丼を2人で食し、軽く休憩を挟むと、また都合1時間程語り、
「まーだいたいこんな感じだ」
とノートを閉じて、その日の打ち合わせをフィニッシュしたのです。
殿が語っていた約1時間、わたくしは音声を録音し、要所でメモを取りながら、殿の顔をチラチラ見ていたのですが、あの時はもう、完全に物語が降りてきている、といった感じで、まるで一度撮った映画を軽くリメイクするかのごとく、スラスラと言葉があふれ出ていました。