94歳になる母の介護をしている私が考える「長生き」の良し悪し

| 心に残る家族葬
94歳になる母の介護をしている私が考える「長生き」の良し悪し

私の母は94歳。介護施設で暮らしています。足腰が衰えて歩くのが不自由ですが、内臓は健康で特に病気もありません。頭の方は、年齢なりの物忘れや勘違いはあるものの、認知症というほどではなく、きちんと状況を把握しています。携帯電話でかけてきて、いろいろな話をします。耳は遠いので、大きな声で話さなくてはなりませんが。好奇心旺盛で最近の出来事にも興味を持ち、カタカナ言葉の意味を聞いてきたり、冗談を言ったりもします。

■心身ともに健康な母はとても幸せ

私の友人の多くはすでに両親を見送っており、存命の親御さんの話を聞いても、もっと若い年齢で認知症になっている方もあり、この年齢で普通に会話ができることをうらやましがられます。

何歳まで生きたいか、という話をする時、身体が健康なら、頭がはっきりしているなら、長生きしたいという声をよく聞きます。母の場合はまずまず幸せな長寿と言えると思います。

■しかし長生きは良いことばかりではない

しかし、それでもいいことばかりではありません。健康ではあっても、若い頃と同じことができるわけではありません。状況が理解できるからこそ、身体も頭も衰えていくことに不安を感じています。

さらに辛いのは、長く生きるのが幸せだと思えなくなることです。兄弟はすでになく、親しかった友人も子供のところや施設へ転居して音信普通になり、ついに自分も自宅で暮らすことが困難になってしまいました。お金が無くなるのではないか、ということも心配しています。子供に迷惑をかけていると申し訳ながることもあれば、電話してもちっとも出ないと不満をもらすこともあります。

■母にとって最も不幸だったこと…

母にとって最も大きな不幸は、最愛の息子である弟が、60代で亡くなったことです。弟は母の介護を一手に引き受けてくれていましたので、その死後、母の生活は大きく変わり、私が関わることも増えました。

弟がいなくなり、母はどうなってしまうのだろうと心配しましたが、持ち前の明るい性格で様々なことを前向きにとらえ、施設の職員さんの親切に感謝し、新しい友達との出会いを楽しんでいます。

■最後に…

私自身、若い頃と今とを比べると、何事につけても感じ方は鈍くなっていますので、90代ともなれば受け止め方が違うのかもしれません。そうであってほしいとも思います。もちろん、泣き言や不満を言うこともありますが、私も母に倣って何事も前向きに、冗談も交えて暗くならないような受け答えを心がけています。いつも「あなたの声を聞いたら元気が出た。」と言ってくれます。

人間万事塞翁が馬。弟がいたら、私がこんなに頻繁に母と会って話をすることはなかったでしょう。母の長生きが不幸よりも幸福の多いものになるように、と願いながら、私も母がいてくれることの幸せを感じています。

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