以前、江戸時代の武士への刑罰を紹介しましたが、今回は僧侶のケースを紹介します。
蟄居、島流し、切腹など江戸時代の武士への刑罰にはどんなものがあったの?言わずもがなですが、僧侶は禁欲的な生活を強いられます。性欲、食欲、睡眠欲にあらがいつつ、修行に励みます。
そのなかで、女犯を犯した僧に対しては厳しい処罰が待っていました。
「御定書百箇条」では、江戸の住職は遠島(島流し)、住職ではない僧侶は日本橋に三日間晒されたうえ、本寺に引き渡されます。天下の往来である日本橋でのこの恥辱、たまったものではないでしょう。禁欲できなかった未熟者として、江戸の町の笑い物になるのですから。
しかし処罰はそれでは終わりません。
僧侶は本寺に引き渡された後、裸にされて魚を咥えさせられ、四つん這いにさせられて寺を追放されました。まさに畜生同然といでもいうように。これは幕府が定めたものではなく、寺で決められた私的な刑でした。
これは耐えられない…江戸時代の僧侶の追放の様子が羞恥プレイ過ぎる…。