室町幕府第8代将軍・足利義政の正室、日野富子(ひのとみこ)。日本三大悪女に数えられる富子は、如何にして日本史を代表する悪女となったのか。前回に引き続き、その生涯を追っていきましょう。
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実は富子が悪女と呼ばれた理由は、まだあります。それは巨額の貯金をこしらえたという事でした。え?散財じゃなくて、貯金したならいいじゃない。と思いますよね、そうではないのです。
当時は長きにわたる応仁の乱で庶民は家や財産を失い、貧困に苦しんでいました。そういう民の声を無視して、富子は私腹を肥やしまくっていたのです。
その額なんと約70億円!!
関所の税までを私的に貯蓄しまくった富子の事を庶民は憎み、「悪女」「守銭奴」呼ばわりしていました。
夫と息子に先立たれ…。やがて民衆の怒りは爆発し、一揆を起こして関所を破壊しました。富子は世の中の嫌われ者になってしまったのです。