「本当の友達」を適当な言葉で定義するのは難しくありません。
つらい時に助けてくれるのが本当の友達。
沈黙でも空気が悪くならないのが本当の友達。
自然体でいられるのが本当の友達。
用がなくても会うのが本当の友達。
それっぽい答えで良いのであれば、いくらでも用意しましょう。しかし、それでも私はこう言いたいのです。
「本当の友達」だなんていう中学生みたいなことを言うのはやめろ、と。
■「本当の友達」にこだわらない方が良い理由
もしも本当の友達がいるのであれば、当然ですが本当ではない偽物の友達がいるということになるでしょう。
確かに友達ごとで関係性の深さに違いはあります。しかし、深くない友達が偽物かといえば、そんなことはないでしょう。
深い友達には深い友達の価値がありますし、浅い友達には浅い友達の価値があるのです。
しかし、本当の友達なんて言葉を使ってしまうと、本当ではないものには意味がないという意識が働いてしまいます。
◇「本当の友達」という慢心は人間関係を脆くする
逆に「彼は本当の友達だ」なんて慢心をしてしまえば、その慢心のせいで最も簡単に本当の友達は皆様との関係が疎遠になることでしょう。
友人関係に限った話では御座いませんが、全ての人間関係は双方のたゆみなき努力によってのみ関係が維持されているのです。
私は本当の友達なんてものが存在するとは思っておりませんが、仮にそんなものが存在したとしても、その関係を維持するためには双方の不断の努力が必要。
あの人は本当の友達だから、などいう慢心で人間関係は維持できません。
◇全ての人間は環境によって裏切る
残念ながらこの世界には裏切らない人間など存在いたしません。
全ての人間は環境さえ整えば裏切るのです。無人島で2人きりになり、1人が生き残る分の食料しかなければ、ほぼ全ての人間は裏切ります。