『週刊大衆』で好評連載中の『コント赤信号 渡辺正行 スター芸人たちの“笑いと涙”』。今回は、三宅裕司さんを対談相手に迎えた特別編をお届けする。三宅さんとリーダーは、明治大学落語研究会の先輩と後輩であり、人気劇団『熱海五郎一座』の座長と座員の関係。
2人の出会い、立川志の輔師匠との交流、芸能界での活躍などについて、大いに語ってもらった!
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渡辺 初めて会ったのは1974年、僕が(大学)1年生のときの夏合宿でしたよね。
三宅 俺は、その年の春に卒業してて、OBとして初めて参加したんだ。
渡辺 僕ら1年生にとって、三宅さんは“伝説の人”だったから、ドキドキしましたよ(笑)。
三宅 あっ、そうなの?
渡辺 落研には、誰もが大喜利のお手本にするカセットテープがあって、僕たちは何度も聴いて練習してたんですけど、その声は、すべて三宅さん。ホントにうまくて面白いし、お客さんも爆笑してるんですよ。
三宅 あったねえ。
渡辺 たとえば、デートに遅れたときの言い訳とか、そんなお題があって。
三宅 ああ、「ドライヤーだと思ったら、火炎放射器だったんだよ」とか答えたりしてね(笑)。
渡辺 そうそう(笑)。そんな“伝説の人”が、夜中まで笑わせてくれるのがうれしかったんですけど、そのうち、僕も何かを話すことになって……。
三宅 そして出てきたのが、童貞喪失の話(笑)。