歌人・永田和宏、亡くなった妻への思い…「亡くなる前には“僕は再婚なんかしない”とは言えなかった」

| 日刊大衆
永田和宏(撮影・弦巻勝)

 僕が短歌を始めたのは19歳のときです。短歌をやっていて何がよかったかというと、そのときどきの「時間」が残ることですね。あのとき、あんなことを感じていたんだという、自分の“思い”が残るのはすごく豊かなことです。短歌はどんなに虚構にしてもいいけど、自分の時間にだけは嘘をつかないように作りたい。それはずっと思っていますね。

 同じく歌人だった妻の河野裕子が亡くなって、今年で12年になります。亡くなって数年間は、彼女のエッセイをまとめたり、亡くなるまでのことを文章にしたりと忙しかったから、まだ一緒に走っているみたいで、実感があまりなかった。それがひと段落して、ここ数年は“ああ、いないんだ”とすごく感じます。

 僕は細胞生物学者としても仕事をしているけれど、彼女は僕がどんな場所でどんなことをしているのか、知らないわけです。自分の全部を見ていてほしいと思ってしまいます。

 今回、『あの胸が岬のように遠かったー河野裕子との青春ー』という本をまとめてみて、改めて思ったのは、彼女が本当に愛した人は僕一人しかいなかったということ。それは彼女が生きているときから疑ったことがなかったけど、若い日に書いた彼女の日記を読んでみて、ここまで一途に思い悩んで、僕を選んで、僕と結ばれたのかという思いをいっそう強くしました。彼女に選ばれたことは、僕の人生にとってある種の自信でもあり、誇りとも思っています。

 でも、仲がいいだけの夫婦ではなかったですよ。一緒にいたらケンカばっかりしていました。嘘をつけない女性だったから、思ったことは全部言う。僕もそうだからケンカになる。彼女はがんになってから精神的にも不安定になりましたが、それは彼女の、生きたい、なんとかしてほしいという必死のあがきだったのかもしれません。

 河野が亡くなってから再婚の話を持ち込んでくる人もいたけど、河野と匹敵する人なんていないんですよ。再婚したら、相手の人がかわいそうです。でも、亡くなる前には“僕は再婚なんかしない”とは言えなかったですね。僕には変な正義感があって、ひょっとしたら何かのきっかけで再婚するかもしれないから、嘘はつけないと思ってしまったんです。でも、言ってあげればよかった。ほんとアホやなあと思います。

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