男に飢えた大奥の女中がイケメン僧侶と密会するため忍び込んででも通いつめた「感応寺」とは?

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男に飢えた大奥の女中がイケメン僧侶と密会するため忍び込んででも通いつめた「感応寺」とは?

江戸時代後期に徳川家の第11代将軍として君臨した徳川家斉。側室は16人以上、子供は50人以上もいたと言われる絶倫将軍です。

この絶倫将軍が美しすぎる女性「お美代の方」と出会い、「感応寺事件」とよばれる事件が勃発します。この事件の舞台となった感応寺では、イケメン僧侶と大奥の女中らとの淫行が行われていました。

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徳川家斉とお美代の方の出会い

お美代の方は日啓という僧侶の娘でしたが、美しい容姿を見込まれて旗本「中野清武」の養子(養女)となります。もともと清武はお美代の方を大奥へ送り込み、家斉に取り入ろうと目論んでいました。

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