雨月物語の「浅茅が宿(あさじがやど)」に登場する宮木について

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雨月物語の「浅茅が宿(あさじがやど)」に登場する宮木について

『雨月物語』とは、上田秋成という江戸時代の作家によって著された怪異小説である。9つの短編により成っており、幽霊や妖怪といった怪異が登場する話が多い。幽霊といえば、人間を恨み、呪い殺すような恐ろしいイメージがあるだろう。しかし、この『雨月物語』に登場する幽霊たちは、必ずしも恐ろしいものとして描かれているわけではない。

■「浅茅が宿」のあらすじ

戦国時代、下総国(千葉県北部あたり)に勝四郎というろくでなしの男が、美しい妻の宮木と共に暮らしていた。元は祖父の代から土地を多く所有していた裕福な家庭であったが、勝四郎が仕事をしなかったために貧乏になっていった。勝四郎は家の再興を図り、秋になったら帰ると言って、商売のために京都へと出向く。妻の宮木は美しく気立ても良いので、夫との別れを嘆きつつもそれを見送った。一人で家に居る美しい宮木に言い寄ってくる男も多かったが、それらを固く断り、健気に勝四郎の帰りを待ち続けていた。しかし勝四郎は関東の戦乱により関所を通るのも危険だと話を聞き、妻ももう戦に巻き込まれ亡くなっているだろうと思い京都で7年ほど暮らした。京都で戦が起こると聞き、勝四郎はやっと元の家へ帰る。

家に帰ると、やつれてしまった宮木が出迎える。二人はお互いの事情などを話し、再開を喜び眠りにつく。しかし、翌朝眠りから覚めると、妻はどこにもおらず、家もひどく荒廃していた。そこで勝四郎は、妻がもう亡くなっており、昨晩のは妻の亡霊であったことを悟る。

■幽霊の宮木

この話において、宮木は非常に健気で良い妻であるように描かれている。美しく気立てが良いため、多くの男から言い寄られるが、夫のことを一途に思い続け、帰りを待ち続けている。そんな健気な妻を置き去りに、秋には帰ると言われていたものを勝四郎は七年間も帰らなかったのだから、幽霊になって化けて出たならば、恨みの言葉を言ったり、呪ったりしても良さそうなものである。しかし、幽霊となった宮木は恨むでも呪うでもなく、ただただ夫と話をして、会えて嬉しかったことを伝えて一夜の夢幻として消えていく。あまりにも儚く奥ゆかしい幽霊ではないだろうか。宮木が死ぬ前に遺した歌が作品本文の中に出てくる。

『さりともと思ふ心にはかられて世にもけふまでいける命か』
(それでも夫はいつか戻って来ると思う心にだまされて、よくも今日まで生きてしまった事よ。)

この歌は、元は『敦忠集』の歌であり、死ぬまで夫のことを想って生きていた宮城の心情が伺える。宮木の筆跡で書かれたこの歌を見た勝四郎は、妻の死を悟って号泣する。宮木の幽霊が、恐ろしい幽霊ではなく、儚く健気な幽霊であるからこそ、この話の悲しさがひしひしと感じられるだろう。

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