江戸時代の日本では賭博が大流行し、世界からは「賭博大国」とよばれるほどでした。
当時、社会現象を巻き起こした賭博とはどのようなものだったのでしょうか。
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江戸時代の日本では、賭博の主催者や賭場を貸した者に対して死罪や流刑などの厳しい処罰が課せられることが一般的でした。
一方、客のほうは捕まっても家財没収や罰金刑、背中を100回ほどムチで叩かれる程度の軽い罪で放免されています。そのため、ギャンブル依存症に陥る人があとを絶たず、賭博用の金銭目的で窃盗や強盗をはたらくものまで現れ、社会問題になりました。
穴一穴一とは、地面に小銭や貨幣が入る程度の穴を掘り、離れた位置から参加者が交互に銭を投げ入れて競う、江戸時代後期頃に流行した賭博のことです。場所や日を選ばず、誰でも簡単にできる手軽さから全国で流行。
基本的には、罪が軽かった「少額の掛け金」で行われ、老若男女に親しまれる庶民的な賭博でした。
さらに、お正月になると、子供が一文銭を使って穴一を楽しむのが恒例化していたといいます。まさに、空前絶後の「賭け事ブーム」だったのでしょう。