日本の三大祭は、京都の祇園祭、大阪の天神祭、そして東京の神田祭である。さらに江戸時代には、山王祭、根津祭、神田祭は「江戸の三大祭り」と呼ばれていた。現代では5月中旬頃に行われているが、江戸当時、神田明神祭は干支の丑・卯・巳・未・酉・亥の隔年9月15日に行われた。本祭の翌年には陰祭があり、軒提灯を吊るす程度で、俗に提灯祭と呼ばれた。
■神田明神の起源と平将門
神田明神は天平二(730)年に武蔵国豊島郡芝村に大己貴命が祀られたことに由来する。その後天慶三(940)年に平将門が関東で反乱を起こし、討伐されると、この付近に将門の首が飛来したと言われ、その霊を祀る塚ができた。ところが、やがて周辺で天変地異が頻発したため、地元の人々はそれが将門の神威であるとして恐れるようになった。そこに通りかかったのが時宗の遊行僧、他阿真教で彼は念仏によりこの霊を慰め、以後この地に時宗の芝崎道場が設けられたといわれる。これがやがて別当寺院の日輪寺となり、神田明神祭では延慶二(1309)年に将門を祭神に併せて祀るようになったのである。
神田明神は明治維新後に神田神社に改称するが、同社は明治元(1868)年11月8日に神祇官から准勅祭神社とされ、次いで明治五年5月8日に府社になり、祭神は大己貴命はそのままに、明治七年8月に平将門を別祠に移し、代わりに大洗磯前神社の少彦名命を分霊した。そして同年9月19日には天皇の行幸があり、御幣物を賜っている。これは天皇家にとっての逆臣である平将門を祀ることに対する配慮であったという。
■関ヶ原の合戦の最中の神田祭
関ヶ原の合戦の折、神田から徳川家へ、祭礼の儀を遠慮すべきかと伺いを立てたところ、例年通り執行せよとの仰せがあった。そして9月15日の祭礼の最中に、勝軍として合戦が終わったため、東照公はこれを吉事の祭として、徳川家代々断絶してはならぬと言ったそうである。祭礼の神輿の巡行の際は、吹雪の馬見所で将軍家も拝礼した。
■現代の神田祭
現代においても神田祭は有名な祭礼の一つであり、神輿が町を練り歩き、神社の周辺にある宮下公園では、特設ステージとして太鼓フェスティバルなども開催されている。
東京都千代田区の神田明神で行われる日本の三大祭「神田祭」の歴史
2022.11.29 19:00
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