工藤静香、半同棲愛の的場浩司との破局は朝ドラ撮影中の浮気?【芸能界、別れた二人の真相】

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工藤静香

 タレント・木村拓哉と工藤静香夫妻の電撃離婚説が2日、ニュースサイト『FRIDAY DIGITAL』に報じられた。同サイトは工藤を直撃し、フジテレビ周辺から流れたという情報の真偽を確かめるという内容だった。記事によると、工藤は記者の質問に空を見上げて噴き出した後、「皆さん好きにお書きになるので、自由にお書きください。わざわざ来ていただくような話題じゃないと思いますし。私は答えないです」と離婚説を一蹴したとのこと。また、旧知の記者に「お元気でしたか?」と声をかける余裕も見せたという。

 工藤は2000年12月、木村との結婚と妊娠を発表し、2001年5月に長女でフルーティスト・Cocomiと2003年2月に次女でモデル・Koki,を出産。今では、2人の娘をプロデュースする“偉大な母親”というイメージが強いが、木村と出会うまでの工藤は“恋多き女”としてマスコミをにぎわせてきた。

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 なかでも1992年、俳優・的場浩司との半同棲スクープは“電撃結婚”か、とマスコミを色めき立たせた。当時22歳の工藤は、写真誌に的場(当時23歳)との熱愛をキャッチされ、取材を受けた工藤は、先手を打って自ら会見を開いたのだ。これに、マスコミは「すわ、電撃結婚か!?」と会見場に詰めかけた。だが、工藤は「とても信頼している大切な人」と、満面の笑みで的場との交際宣言をしただけだった。

 「2人は車という共通の趣味で引かれ合い、工藤は若くしてポルシェを2台も所有していたんだとか。的場は、工藤の実家から仕事場に通うこともあり、両親とは家族ぐるみの付き合いだったといいます。当時の的場は、元祖ヤンキー俳優として1989年のドラマ『はいすくーる落書』(TBS系)、『ママハハ・ブギ』(同)で一躍、全国区にその名を知らしめました。工藤と交際していたころは、『炎達』というロックバンドのボーカルやマルチタレントとしても活躍。

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