結ばれた血縁関係
【前編】では、細川家――特に細川藤孝――と明智光秀の関係について説明しました。
【後編】では、そんな細川家が本能寺の変の際はどのような状況に陥ったのか、そしてどう窮地を脱出したのかを見ていきましょう。
信長の元に送り込まれた光秀は、見事にその役割を果たします。信長による京都への出兵と、足利義昭の政権樹立が果たされ、光秀を送り込んだ細川藤孝も領地を回復しました。
その後、光秀は信長と将軍の間で連絡係となります。さらに丹羽長秀や当時の木下藤吉郎とともに近畿地方の行政も任されるなど、着実に出世していきました。
さてそれで、光秀はあるとき、細川家で反りが合わなかった家老の松井佐渡に「あなたに気に入られなかったおかげで信長のもとで出席できた。恩を返したい」と言い、それで松井は即座に「ではガラシャを寄越してほしい」と応えます。