実は秀吉が仲介だった!?お市の方と柴田勝家が結婚した理由【どうする家康】

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実は秀吉が仲介だった!?お市の方と柴田勝家が結婚した理由【どうする家康】

『どうする家康』30話「新たなる覇者」では、柴田勝家と共に北ノ庄城で自害したお市の方が印象的でしたよね。また、中にはあまり接点のなかった柴田勝家とどういった経緯で結婚したのか気になった方もいるかと思います。

そこで、今回はお市の方と柴田勝家が結婚した経緯や夫婦仲について紹介します。

お市の方/Wikipediaより

きっかけは秀吉

羽柴秀吉/Wikipediaより

お市の方と勝家の結婚したきっかけは羽柴秀吉にありました。経緯として、天正10年(1582)の山崎の戦い後に開かれた清須会議で、秀吉は織田信長の孫・三法師を擁立したことで、秀吉の権限が強くなりました。

そこで不満を表した勝家を抑える目的で、秀吉自らが2人の仲介として動いたといわれています。また、「自らは織田家を乗っ取るつもりはない」との意思表示のために勝家にお市の方を嫁がせたとの指摘もあります。

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