近年、競技かるた人気で改めて脚光を浴びている「小倉百人一首」は日本の文化遺産。あまりなじみがなくても、かるたの絵柄を見たことがある人は多いはずだ。
この「小倉百人一首」は年代が古いものから順番に100首の和歌が並んでいるのだが、もしかしたら、「秘められた別の順番」があったのかもしれない。『秘められた真序小倉百人一首 1000年の歴史ミステリー これこそ真の小倉百人一首か?』(幻冬舎刊)はその可能性を指摘し、100首の和歌をあるべき順番に並べ替えた野心的な一冊。並べ替えがどのように行われたのか、そして並べ替えた先に見える世界観とはどのようなものなのか。著者の野田功さんにお話をうかがった。今回はインタビュー後編だ。
――歌のイメージや言葉のリズムなど、様々な要素から百人一首の順番を入れ替えると、全体として叙事詩のように読める、とされていました。この叙事詩に通底するテーマのようなものがあるとしたら野田さんはそれをどのようなものだとお考えですか?
野田:真序の100行詩は私たちには平安のロマンと抒情そのものですが、定家の身になって考えるとまた違った側面が見えてきます。
それは、当時としては79歳と超長命であった定家の亡くなる直前の執念のようなものが込められているところです。書き残さなければ死に切れない。しかも大っぴら表現することには社会的に差し支えがある。その秘められた想いを定家はこの100首に託したのだと考えています。私はそれが後鳥羽院、順徳院への追慕であり式子内親王への秘められた恋心だと解釈していますし、秘めざるを得なかった定家の胸中に強い共感を覚えます。
――なぜ定家は胸中を隠さなければならなかったのでしょうか。
野田:定家は順徳天皇や後鳥羽天皇にすごくお世話になっていた人ですから、恩義を感じていたはずです。