幕藩体制を支えた大名の統制システム
江戸時代の幕藩体制が、大名の統制と幕府の職制の整備によって確立されました。大名の統制について言えば、彼らは親藩・譜代・外様の三つに分けられ、それらの配置も幕府によって決定されました。
実際、江戸の周辺や政治の要衝には徳川氏の一族の大名(親藩)や家臣の大名(譜代大名)が配置されています。
二代目将軍・秀忠の時には、関ヶ原の戦いで功績があった大名も武家諸法度に基づいて改易され、諸大名への統制に関して権能を示しています。
また、三代目将軍・家光のときには参勤交代が義務づけられたり、大きな船の建造が禁止されるなどしました。
今回のテーマは、前述の「外様大名」の正確な定義についてです。
基準は関ヶ原の戦い外様大名についてよく言われるのは、かつての関ヶ原の戦いの後で徳川家に臣従した大名を親藩・譜代と区別したものだということです。