第45代・聖武天皇の謎すぎ行動「彷徨五年」実は計画的!?優柔不断な人物像をくつがえす最新学説【後編】

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第45代・聖武天皇の謎すぎ行動「彷徨五年」実は計画的!?優柔不断な人物像をくつがえす最新学説【後編】

大仏建設に向けて

聖武天皇の謎の「彷徨」とされる行動について、【前編】では一般的な定説を説明しました。【後編】では、これに対する新しい学説をみていきましょう。

※【前編】の記事はこちら↓

第45代・聖武天皇の謎すぎ行動「彷徨五年」実は計画的!?優柔不断な人物像をくつがえす最新学説【前編】

平城京を出て約1か月半後、恭仁京となる地に到着して都と定め、造営に取りかかった聖武。

聖武天皇(Wikipediaより)

彼は国分寺建立の詔を発し、さらに天平14年以降、離宮として北東約30キロの紫香楽宮の建設に並行して着手します。

そうして紫香楽の地大仏造立の詔を発し、鎮護国家の思想に基づく政策を進めようとしました。

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