飛鳥時代の日本では、政治を動かしていたのは必ずしも天皇だけではありませんでした。
その背後で圧倒的な影響力をふるっていたのが、蘇我氏という一族です。
なかでも蘇我馬子は、敏達・用明・崇峻・推古の四代の天皇に仕え、五十年以上にわたって政界の頂点に立ち続けた人物でした。邸宅には池と島があり、その豪華さから「嶋大臣」と呼ばれていたと伝えられています。
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封印された天皇暗殺事件――悪臣・蘇我馬子が仕組んだ崇峻天皇“暗殺”の真相とは? 日本初の本格的な仏教寺院・法興寺馬子の名を最も後世に残したのが、日本初の本格的な仏教寺院である法興寺(のちの飛鳥寺)です。
百済から僧侶や工人を招き、瓦博士や画工、寺工など当時の最高技術を導入して建てられました。その規模は国家事業をも上回り、まさに「蘇我氏の力を見せつける巨大プロジェクト」だったといえます。
仏教をめぐる国家分裂と丁未の乱当時の日本では、仏教を受け入れるかどうかをめぐって国が二つに割れていました。