自転車旅の途中、浜辺で出会った男性。
知らない土地で知らない人が声をかけてきた――およそ60年たった今も記憶に残る出来事が、そのあとに起きたのです。
<Tさん(静岡県・70代男性)からのおたより>
あれは、今から60年ほど前の話です。高校3年の夏でした。
高校生活の思い出に、故郷の鹿児島から大阪まで自転車旅行をしました。
鹿児島を出発してから3泊目の夕刻。山口県に到着して浜辺でテントを張る場所を探していたところ、労働者風の男性から、
「何をしているんか?」
と声をかけられ、「今からテントを張る場所を探しているところです」と返事しました。
「これを持って行け」すると彼は「今からテントを張るのは大変だろうから、俺のいる宿舎で泊まったらいい」と、案内してくれました。
夫婦で宿舎の炊事を生業としている方で、風呂に入らせてもらい夕食をご馳走になり、一泊させて頂きました。
明くる朝、出発間際に男性から「これを持って行け」と千円札を渡されたのです。食事や宿泊の面倒をみてくれたうえ、見ず知らずの私にお金までくださるとは何という人かと、感激の余りお礼もそこそこに大阪に向かいました。
その夫婦は、身なりからして決して裕福ではないように見え、しかも当時千円と言えば私にとってもかなりの大金でした。
鹿児島に帰ってから礼状は出しました。今でもその時の人の情けとありがたさが身に染みて、何らかの形でお礼がしたいと思っていましたが、年月の流れで住所やお名前など失念して、お礼のしようもありません。