「檜(ひのき)」は、なぜ1300年級の建築を支えられるのでしょうか。
実は『日本書紀』の時代から、檜は“宮殿に最も適した木”として特別視されてきました。
でも、檜のすごさは耐久性だけではありません。
「檜舞台」という言葉が「晴れ舞台」を意味するようになった背景にも、檜の“格”が深く関わっています。
そこで今回は、日本と檜の長い歴史をたどりつつ、「檜舞台」などの語源にも迫ってみたいと思います。
『日本書紀』にも檜が登場檜は、ヒノキ科ヒノキ属の針葉樹です。主に山に生えていますが、庭木にされることもあります。そんな檜は日本の固有種で、名前は古代には木をこすって火を起こすのに用いられたので「火の木」という意味だという説や、尊く最高のものを表す「日」をとって「日の木」を由来とする説などがあります。
古来から日本において檜が重要な位置を示していたことは、『日本書紀』にある次のような記述からもわかります。
「杉と樟は、船を造るのによい。槇は棺を造るのによい。そして檜は宮殿をつくるのに最も適している」
という記述のとおり、実際に檜は世界最古の木造建築「法隆寺」にも使われているのです。
法隆寺は建立から現在まで、約1300年にわたりその姿を保っていますが、これも檜だからこそといえるでしょう。
檜が使われている主な歴史的建造物法隆寺以外にも、檜はさまざまな歴史的建造物に使われています。たとえば、伊勢神宮では、遷宮(伊勢神宮の20年に一度の建て替え)のための建材として檜が使われています。
ほかにも、江戸城や駿府城、明治神宮、湯島天神などに使用されてきました。