【豊臣兄弟!】織田信長を狙い続けた浅井家臣・遠藤直経(伊礼彼方)とは?その生涯と末路をたどる

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【豊臣兄弟!】織田信長を狙い続けた浅井家臣・遠藤直経(伊礼彼方)とは?その生涯と末路をたどる

織田家から浅井長政(中島歩)に嫁いだお市(宮崎あおい)。長政は優しくしてくれますが、舅の浅井久政(榎本孝明)らは快く思っていません。

今回は久政と共に織田家を敵視していた浅井家臣・遠藤直経(伊礼彼方)を紹介。果たしてどんな人物だったのでしょうか。

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信長を危険視、その生命を狙い続ける

歌川国芳「太平記英勇傳 遠藤儀右衛門政忠(遠藤直経)」

遠藤直経は生年不詳。軍記物語や講談などでは知勇兼備の猛将とされますが、史料から詳しい事績はわかりません。

遠藤氏は浅井家に仕えた譜代の家臣で、その出自は近江国須川城(滋賀県米原市)を代々治めた鎌倉武士の末裔と伝わります。

通称は喜右衛門(きゑもん)または喜左衛門(きざゑもん)。諱は遠藤直継(なおつぐ)や遠藤春元(はるもと)と称することもありました。

『浅井三代記』によると、直経は浅井玄蕃允(げんばのじょう)らと共に若い浅井長政を後見したと言います。

早くから信長を危険視していたようで、しばしばその生命を狙いました。

『太閤記』では永禄11年(1568年)8月、信長が上洛前に長政を訪れると、直経は信長の毒殺を謀ります。

久政にその旨を相談すると、流石に止められてしまいました。しかし後日の憂いを絶つべく、直経は信長と刺し違える覚悟を固めます。

果たして計画を進めたものの、秀吉の機転によって暗殺は未然に防がれてしまいました。

同月に浅井家と織田家の婚儀が行われた後、接待役として信長の近くに控える直経は、信長の無防備さを見て長政に信長を討つよう進言します。しかし長政はこれを退け、信長は殺されずに済みました。

しかし、その数年後、事態はついに動きます。

やがて元亀元年(1570年)に長政が信長を裏切り、朝倉義景を攻める背後から急襲します(金ヶ崎の合戦)。

生命からがら逃げ延びた信長は、すぐさま浅井・朝倉連合軍に報復戦を挑みました。後世に伝わる姉川の合戦です。

浅井家の命運を賭けた大戦さに直経も参陣。大いに奮闘したものの、あえなく討死してしまいました。『信長公記』によると竹中重矩(しげのり。半兵衛の弟)に首級を獲られたと言います。

また『太閤記』では味方が敗れても恥を忍んで生き延び、首実検の場で信長の暗殺を狙いました。しかしあえなく返り討ちにされます。

信長は直経の死を惜しみ「敵ながらも天晴の勇士かな、喜右衛門尉、されこそ無念なりけめ」と、その執念を讃えたということです。

伊礼彼方演じる遠藤直経。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK

■遠藤直経 / 伊礼 彼方
えんどう なおつね / いれい かなた

浅井長政の重臣

長政が市をめとって信長と同盟を結んだことを快く思っておらず、長政の父・久政とともに織田を排除すべく動く。

※NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。

今回は浅井家臣の遠藤直経について、その生涯をたどってきました。どうせ金ヶ崎で裏切るなら、さっさと殺しておけばよかったものを……直経にすれば「そら見たことか」といったところでしょうか。

第10回「信長上洛」でちょっとだけ姿を見せていた気がしますが、果たして本作ではどんな活躍を魅せてくれるのか、伊礼彼方の熱演に期待です!

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※参考文献:

阿部猛ら編『戦国人名事典』新人物往来社、1990年8月

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