3人の幼い子供を連れて、自宅から遠く離れた土地へ。三重県在住の50代女性・Oさんは若いころ、夫の暴力から逃れようと京都の母子寮に入った。
慣れない街で暮らし始めてすぐ、慣れない仕事に従事することになった。
その日々はOさんにとって大切な思い出になっている。
<Oさんからのおたより>
28歳の夏、夫の暴力から逃げるため小さな子供を3人つれて自宅から遠く離れた京都へ行き、母子寮に住んでいました。
夫に居場所がわからないよう役所と話しあい、偽名でしばらくいることになりました。
すぐに働きにでることになり、近くのうどん屋さんに勤めることになりました。
「もうここに戻ってくるんじゃない」飲食店で働いたことなどなかった私でしたが、そこの女性店長さんに「あんたには天性の才能がある」と言われ、いろんな持ち場をまかせられ、調理も教えてもらいました。
私はなにがなんだかわからなかったけど、だんだんおもしろくなってきて、調理が大好きになりました。
しばらくして、その町とお店に別れのときがやってきました。生活はもちろん、精神的にもおちついてきたので、母子寮を出ることになったのです。
その話を店長に伝え、最後の日に店長に言われた言葉が、忘れられません。
「もうここに戻ってくるんじゃないよ、幸せになるんだよ」
あれから約30年の月日がながれ、今は飲食店の店長をしています。
あれから一度もお店に顔をだしたこともないし、店長に連絡もとっていません。
店長との約束を、と思ってそうしたけど、今になってみればおちついたら顔ぐらい出しにいけばよかったんじゃないのかな、と思っています。
ありがとうとごめんなさいを伝えたいです。
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名前も知らない、どこにいるかもわからない......。そんな誰かに伝えたい「ありがとう」や「ごめんなさい」、あるいは「どんなもんだい!」を心の中に秘めている、という人もいるだろう。