「仙境のナイチンゲール」と呼ばれる女性医師・志田周子。
【前編】では、周子がどのようにして医師になり、なぜ大井沢へ戻ることになったのかを見てきました。
【前編】の記事↓
「仙境のナイチンゲール」志田周子——雪深い“医者のいない村”を支え続けた女性医師の生涯【前編】「3年間だけ」のはずだった大井沢での暮らしは、いつしか26年に及ぶことになります。
ここまでを見ると、志田周子は「無医村で村人を支えた女性医師」という人物に見えます。もちろん、それは間違いではありません。ただ、周子の人生をもう少し追っていくと、医師という肩書だけでは語りきれない姿が見えてきます。周子は、病人を診るだけの医師ではありませんでした。
左側が志田周子。NHK仙台制作グループ『近代東北庶民の記録 下』より
「女医」だけでは終わらなかった周子の活動は、医療だけにとどまりません。婦人会長を務め、さらに大井沢村会議員、西川町会議員も歴任しています。病人を診る一方で、地域の仕事にも関わっていたのです。
医師として村人と接していれば、病気だけを見ているわけにはいきません。