[NEWSショーマニズム宣言!]

朝日新聞「醜悪な誤報」が照らし出す…梶原一騎の「幸福な捏造」

「もはや‟誤報”ではなく、‟捏造”だ!」とまで言われ、窮地に陥った朝日新聞。「捏造」(注1)とは、実際に無かったことを事実のように仕立てあげること。つまり捏造の背景に必ず悪意がある、とは限らないのだ。朝日のケースはさておき善意の捏造、あるいは「幸福な捏造」も存在するのではないだろうか?

「なあツルタ、あの時ほど犬になりてぇ!と思ったことはないぜ」

 こう語ったのはスタン・ハンセン。必殺のウェスタン・ラリアットを武器に日本で大活躍したアメリカ人レスラーだ。前述のセリフは、若き日のジャンボ鶴田と共にハンセンがザ・ファンクス(ドリー・ファンクJrとテリー・ファンク兄弟)門下で修行していた時のこと。分厚いステーキを食べていたファンクスに出発の時間が迫り、「残ったステーキは若手にやろう」というテリーに対し、ドリーは「いや奴らは自分の稼ぎで食える身分にならなきゃイカン!」と、残りのステーキを愛犬にくれてやるのであった……。師匠による厳しい若手育成を描いた、漫画『プロレス スーパースター列伝』ハンセン編中の有名エピソードだ。

 が、当のハンセンに言わせると、「そんな場面は無かったなあHAHAHA」と一蹴である。この『~スーパースター列伝』の原作者こそ、梶原一騎。言わずとしれた『巨人の星』『あしたのジョー』『タイガーマスク』など、“スポーツ根性もの”と呼ばれるジャンルを築き、後に実際の格闘技興行なども手掛けた劇画原作の大御所だ。

 むろん劇画、漫画のエピソードを、「ウソだ」などと批判するつもりはない。『巨人の星』を引き合いに出して、「花形が小学生のくせにスポーツカーを運転していた」などと些末なことを笑いものにする芸人などがいるが、野暮としかいいようがない。フィクション中に実在の人物ーー野球漫画なら王や長嶋、プロレス漫画なら馬場や猪木ーーを登場させてリアリティを増すのが梶原一騎の手法だが、それでもフィクションはフィクションであり、漫画は漫画だ(注2)。

 しかし梶原の膨大な作品群の中には「すべて実話」「現実の出来事を同時進行で描いている」とキッパリ断言した作品がいくつかあり、代表が『四角いジャングル』であり『男の星座』であり、『~スーパースター列伝』なのだ。つまり「ノンフィクション」と称して作り話を描いていたわけで、あえて捏造といえば捏造。事実、これらの作品中のエピソードの信憑性の低さを伝えると、ショックを受ける中年男性などが未だにいる。<ブッチャーは赤く熱した小石の中に掌を突き刺して地獄突きをマスターした> <猪木も藤波もタイガーマスクの正体を知らない> <両手指の第一関節を曲げられるのはカブキ、猪木、タイガーマスクだけ> など、読者をワクワクさせた有名なエピソードはすべて、事実ではない。が、「少年の純粋な心を騙した!」と梶原作品に対して怒る人間はいない。最初はショックを受けた前述の中年男性も、次々とエピソードを思い出しては「あれもウソかぁ」となぜか笑顔に変わっていく。

 ほんの少しの事実を、誇大、かつそれらしい偽の情報をコーティングすることで「その方が面白い挿話」にしてしまう梶原の手法は、試合写真に、ありもしない因縁などを加えてストーリー仕立てにして読ませた昔(注3)の米国製プロレス誌の手法に影響を受けたと思われる。この梶原マジックで我々は「黒い呪術師」アブドーラ・ザ・ブッチャーの哀しみと強さ、「インドの狂虎」タイガー・ジェット・シンが引き起こす惨事などを現実以上に知らされ、彼らと闘う馬場や猪木への声援もいや増した。描かれたプロレスラーや格闘家、芸能人、無頼漢たちの陰影は濃くなり、何より読者の脳裡に何十年も刻み込まれて楽しく思い出されるのだから、「幸福な捏造」なるものは、たしかに有りうるのだ。

 ショーマニズム的視点でいえば、戦中の日本軍と戦後の日本国を悪役(ヒール)に仕立て、現実と誤報をミックスしてフレームアップする手法は、朝日もカジセンセ(注4)に学んだと見立てられなくもない。<「黄色い呪術師」日本軍が大陸で残虐な大暴れ!><「極東の狂虎」日本が敗戦後、東京裁判でブチのめされた!>読者を煽り、興行?を盛り上げるために知恵を絞っているのだから。

……いや、やはり大事な根幹が違う。梶原一騎の「幸福な捏造」は描かれた業界を盛り上げ、読者を楽しませるもの。この点は終生、ブレなかった。朝日新聞はヒール・日本を誰に退治させて、どんな拍手喝采を呼びたかったのか? 誰にそのストーリーを読ませようとしたのか?「漫画とジャーナリズムを一緒にするな」とお怒りの朝日関係者がいたとしたら、報道機関として自らの内なる意図についても検証してもらいたい。ハンセンではないが、朝日の誤報で

「なあアサヒ、あの時ほど日本人をやめてぇ、と思ったことはないぜ」

 と誇りを失う日本人を増やさないためにも。

(注1)本来の読み方は「でつぞう」。でっち上げの語源もここから。
(注2)「あしたのジョー」だけ実在のボクサーが出てこない。
(注3)1980年代半ばまで、米プロレス誌はほとんどこの手法。
(注4)ブッチャーは梶原一騎をこう呼ぶ。

著者プロフィール

コンテンツプロデューサー

田中ねぃ

東京都出身。早大卒後、新潮社入社。『週刊新潮』『FOCUS』を経て、現在『コミック&プロデュース事業部』部長。本業以外にプロレス、アニメ、アイドル、特撮、TV、映画などサブカルチャーに造詣が深い。DMMニュースではニュースとカルチャーを絡めたコラムを連載中。愛称は田中‟ダスティ”ねぃ

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