[「北朝鮮人民生活リポート」デイリーNK東京支局長]

【北朝鮮の携帯事情】当局の傍受から逃れる驚きの方法とは

傍受を逃れる方法があまりにもアナログ!

 数年前から報道されていることだが、北朝鮮でも携帯電話は普及している。普及率は2014年2月の時点で220万台。北朝鮮の推定人口は2400万人だから、およそ11人に1人が保有している計算で、それほど多くはない。

 しかし、3人家族の世帯数から換算すると、単純計算で3〜4世帯に1台の携帯が普及していることになり、決して少ないとも言えないのだ。

 携帯電話の種類や普及した背景などについては、多くのレポートが出ているが、日々変化する北朝鮮の「イマドキ携帯事情」はなかなか興味深い。

 10月28日付のシンガポール紙『聯合早報』によると、「最近、北朝鮮人の若者に人気があるプロポーズプレゼントはすでに携帯電話になった」という。プロポーズプレゼントの定番である婚約指輪は、携帯電話に次ぐ2番目。確かに、北朝鮮で携帯電話は「富の象徴」の一つだが、いくらなんでもプロポーズのさいのプレゼントとしては軽すぎないか。ただし、その理由が「他の地域にいても恋人と話すことが出来るから」というのだから、納得できる気もする。

 このエピソードは、北朝鮮で携帯電話が生活の必需品となりつつあるからことをよく表している。そもそも携帯電話が普及した理由は、「商売するために携帯電話が不可欠」だったからだ。

ドイツ製の通信システムを輸入し通信傍受?

 北朝鮮の体制は表向き社会主義国家だが、中身は資本主義、市場主義に近い。人民は自分たちで何らかの商売をしなければ家族を養えない。商売はできず、甲斐性もない独身男性は結婚すらできない。そして、通信が発達していない北朝鮮では、商売をするうえで携帯電話がマストアイテムになってくる。

 日本では、固定電話こそがビジネスにおける信用度であり、名刺に携帯電話しか書かれていないとなんとなく「怪しい商売人」という印象を持たれるが、北朝鮮では「携帯電話すら持てない奴にビジネスをする資格などない」というのが常識なのだ。

 ただし、情報を厳しく統制する北朝鮮当局にとっては携帯電話の存在は諸刃の剣である。ビジネス情報だけでなく、体制に都合の悪い情報が拡散する可能性があるからだ。事実、筆者が支局長を務めるデイリーNKも北朝鮮内部からの情報は携帯電話を通じて入手している。さて、ここで気になるのが盗聴問題である。

 北朝鮮当局も内部情報が外部社会に漏れるのを手をこまねいて見ているわけでない。ドイツから最新の電波探知機を輸入して国境地帯では厳しく取り締まる。これに対抗して、北朝鮮の人民は取り締まりの隙を突いて山の中や安全な場所で通話する。さらに追跡を逃れるため、驚くべき手段で対抗していた。

移動しながらの通話で追跡を逃れる

 ある住民が発信源を追跡されないように、移動しながら通話してみたところ、捜査網に引っかからなかった。

「移動しながらの通話だったらバレないぞ!」

 この噂は瞬く間に住民の間で広まり、冬場には携帯電話に繋げたイヤホンマイクをマフラーと帽子で隠し、歩きながら通話するという。それだけでなく、なんと自転車に乗って走りながら通話するというのだ!

 情報流出を避けたい北朝鮮当局にすれば、誠に都合の悪いことだが、かといって全面禁止の措置を取ることもできない。なぜなら、携帯電話の収益が国家にとって数少ない貴重な財源となっているからだ。

 最近では、スマートフォンまで登場し、北朝鮮では違法の「白ロム携帯」なども出回っている。次回は「北朝鮮携帯のウラ事情」について書いてみたい。

(Photo by Roman Harak via Flickr)

著者プロフィール

デイリーNK東京支局長

高 英起

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNK」の東京支局長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』(新潮社)など

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