羽生結弦の衝突事故に懸念の声…強行出場は正しかったのか

直前練習で大ケガをするも、強行出場した羽生選手

 11月8日、フィギュアスケートグランプリシリーズ第三戦中国大会のフリースケーティング直前練習中に、ショート3位のエン・カン(中国)と2位の羽生結弦が激突。羽生はしばらく起き上がれないほど負傷し、顎を7針、頭を3針縫った。羽生は出場予定だったエキシビションをキャンセルし、日本へ緊急帰国。精密検査を行った。

 その結果、頭部挫創、下顎挫創、腹部挫傷、左大腿挫傷、左足関節捻挫と診断され、全治2、3週間が言い渡されたという。

 衝突後、エン・カンは会場外まで自力でたどり着いたものの、そのまま動けず、羽生はあごの流血と頭の怪我で唇まで真っ青の状態。誰もがふたりの棄権を予想した。

 ところがその後の6分間練習に羽生が登場し、トリプルアクセルや4回転を飛んでみせた。時折ふらふらしながらも、その眼には完全に闘志がよみがえっていた。

 さらに、一度は棄権が伝えられたエン・カンも真っ青な顔で登場し、とても本調子とはいえないが最後まで滑り切り、結果6位。その後、頭に肌色の包帯をし、痛々しい姿で氷上に立った羽生は、5度も転倒しながら4回転を回りきり、トリプルアクセルからの連続ジャンプを決めてみせた。

 そして、結果は合計237.55点。ショートの2位を守りきるという高得点を叩き出し、羽生は得点を見ると声を上げて泣き崩れた。

メディアは賞賛、一方専門家らからは批判が高まる

 羽生のこの姿に中国メディアは「プロ精神に感動した」「強い意志が人々を感動させたに違いない」と伝えたが、人々にはどう映ったのだろうか。

 ツイッターでは

「まったく感動なんてしなかった。心配で見ていてつらいだけだった」
「こういうときは棄権することが本物のアスリートの決断」
「本人は絶対滑りたいって言うに決まってるんだから、なんとしてでも周りが止めないと」

など否定的な意見が多い。

 さらに、スポーツ専門家やアスリート界からも懸念の声が相次いでいる。羽生のコーチであるブライアン・オーサー氏は羽生の判断を尊重したというが、同大会の中継番組にキャスターとして出演していた元プロテニスプレイヤーの松岡修造氏(47)は「はっきり言って滑るべきではない」「アスリートとして、本当にやめてほしい」と個人的な思いを語った。

 元陸上400メートルハードル日本代表の為末大氏(36)も、自身のツイッターで「選手を命の危険から守るのが協議会側とメディアだと思う」「ああいった選手は命をかけるぐらいの覚悟でやってしまいますから、大会側が安全を確保する必要がある」とスケート連盟や大会側の対応を問題視。

 全国柔道事故被害者の会も、公式フェイスブックで「脳震とうの可能性があるのであれば、本人の意志など関係なく、即刻棄権をし、医師の診察を受けさせるべきでした」「あのような状態で出場を許した大会関係者、日本スケート連盟は、厳しく非難をされるべき」と羽生出場が及ぼす他スポーツへの影響を指摘した。

NHK杯への出場は白紙…今後のルール改正が必要か

 フィギュアスケートの男子の場合、演技のスピードは時速25kmから30kmくらいと言われている。そのスピードで正面から激突したのだから、交通事故レベルのダメージを受けたはずだ。とくに羽生は頭を打って脳震とうを起こしており、起き上がった直後は吐き気をこらえる表情さえ浮かべていた。

 一般的に交通事故で頭を打っていたら、ドクターストップで激しい運動はおろか、入浴すら禁止されるのが普通だ。もし脳内で出血していたら取り返しのつかない後遺症を残す可能性があるからだ。このことから考えても演技続行の決断は命に関わることであり、無謀だったといわざるを得ない。

 ラグビーやサッカーなど激突事故の多いスポーツは、怪我に対するガイドラインがしっかりしており、脳震とうを起こした場合はドクターがOKを出さない限り試合に戻ることはできない。

 しかし、フィギュアスケートは単独で行うスポーツのため、選手同士の激突という事件は(実際にはあるものの)想定されておらず、したがって医療体制も十分ではないしガイドラインもないのが現状だ。

 こうした場合、出場は選手本人の意思に委ねられるが、フィギュアスケートの選手は今回のように10台の選手が多く、若さゆえの体力と気力だけで演技を続行してしまうことは十分に考えられる。

 また、試合前の6分間練習で6人の選手が一つのリンクですべるという今のフィギュアのスタイルにも問題があるだろう。4回転が標準となってしまった男子の場合、助走のスピードやジャンプの幅を考えてもちょっとした接触が大事故につながる可能性は十分にある。

 男子フィギュアの高難度化とともに、危険度も高まっていることを認識した上でのルール改正が急務だといえる。

 羽生は11月28日から日本で行われるNHK杯にエントリーしており、本人は出場の意思を変えていないそうだが、現時点で出場は白紙の状態。当面は、地元の仙台で静養する見込みだという。

 今回の中国杯で必死の滑りを見せ、2位に食い込んだ羽生。昨年に続き連覇が期待される12月11日開催のグランプリファイナルへの出場圏内につけており、どうしても出たいという意思が羽生を突き動かすのだろうが、今後の出場については医師と相談の上、慎重に検討していくこととなるだろう。

(取材・文/杉本レン 写真/ANA公式サイト

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