50年間で数十万人が死亡か…中国「領土問題」が抱える闇

村同士の「領土問題」で衝突する村民たち

 2014年10月22日、甘粛省甘南チベット族自治区卓尼県尼巴郷で、めでたい出来事があった。牧場の所有権をめぐっての60年にも及ぶ暴力紛争を繰り返していた、尼巴郷が管轄する尼巴村と江車村の村民がようやく和解したのだ。それまで長い間、政府が調停に努めていたにもかかわらず、傷害事件が後を絶たず、22人の死亡者が出ていた。この日の和解成立を両村民は心から喜んだ。

 中国国内でも“領土問題”をめぐって省と省、市と市、県と県、村と村の間に衝突がよく起きており、暴力や流血事件が多発し、夥しい数の死者が出ている。

 公式の統計によると、新中国が成立した1949年から2000年までの51年の間に、省と省の境界トラブルが総計1500件以上にものぼっているという。平均毎月2.5件起きた計算である。内訳は、1950年代に約30件、 60年代に約60件、70年代に約130件、80年代と90年代に急速に増え、1000件以上に膨らんだ。改革開放で経済が自由化され、資源争奪を背景とするトラブルが頻発するようになったのである。

 死傷者の人数については正確な数字をまとめた報告が見つからないが、十数万人を軽く超えていたのではないかと考えられる。トラブルが起きた地域の総面積を合算すると14万km²にもおよぶが、これは北海道約2つ分の面積に相当する。

2000年以上行政区域と境界の画定作業が行われず

 では、なぜ、中国にはこのような「領土問題」が頻繁に起きているのだろうか。

 原因は中国が長い歴史上、常に戦乱で分裂の状態にあり、王朝が代わる代わる激しく更迭され、歴代の支配者が国土の管理を怠っていたことが挙げられる。秦の時代以降、2000年以上にわたって中国は名義上の行政区域こそ存在したものの、各省、各県、各市の間の行政区域境界の全面的な画定作業が一度も行われていなかった。平たく言えば、中国という地図が1枚あるだけで、現実では現地に行っても、ここがどこかといった明確な情報がわからない、というありさまだったのである。

 中国共産党は世界一の組織規模を持っているが、その分、組織の下層へ行けば行くほど党規律の拘束力が弱まる。そのため、暴力衝突事件の裏には必ずと言っていいほど、党の末端組織の責任者の影がある。彼らが実質的に指揮を取っているのだ。

 青海省と甘粛省では、遊牧民の武装衝突事件がよく起こり、ほぼ毎年流血事件が起きていた。省境の長さは2600kmにも達しており、中国ではもっとも紛争の多い地帯である。そこで、1998年に両省の政府は共同声明を発表してラブロン寺の活仏に問題解決の調停案をすべて任せるという意向を表明した。

 ラブロン寺は中国語名で「拉ト楞寺」と呼び、清代の1709年に創建されたチベット仏教の中で有数の大寺院のひとつである。最盛期には3400人のラマ僧たちが在籍していた。活仏とは、この世の衆生を教え導くために化身として姿を現したとされるラマのことであり「生きている神様」と思っていただければいいだろう。信者に対して絶大な威信と発言力を持っている“最高指導者”的存在だ。しかし、残念なことに、活仏でさえこの調停に成功することができなかった。歴史の遺留問題はあまりにも深刻だったのだ。

 1996年に中国省境県境の全面的な画定作業が始まり、2002年にこのプロジェクトが90%完了したと政府が宣言した。これで、いままでの問題はようやく解決のメドが立つようになったという。中国が国内に抱える領土問題は、チベットやウイグルだけではない。こうした小さな領土問題も数多く存在するのだ。

邱海涛(きゅう・かいとう)
1955年、中国上海生まれ。上海外国語大学日本語科卒業。1985年に来日し、慶應義塾大学および東京外国語大学で学んだ後、日本企業で10年間勤務。現在は執筆活動とともに、中国と日本の間で出版や映像プロデューサーとして幅広く活動中。日本語著作に『いま中国で起きている大破局の真相』『中国五千年 性の文化史』(ともに徳間文庫)、『中国セックス文化大革命』(新潮社)、『チャイニーズ・レポート』(宝島社)、中国語著作に『輝くスター・高倉健の世界』(上海文匯出版社)など
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