【ガソリン価格下落】OPEC減産見送りが米国経済に与えた衝撃波

円安なのにガソリン価格は下落中だが……

 原油の国際価格が急落している。11月28日のニューヨーク市場では、原油先物の代表的な指標であるWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)期近物が一時1バレル=65.69ドルの水準まで下落、2010年5月以来44年半ぶりの安値をつけた。

 原油価格が急落した背景には、石油輸出国機構(OPEC)による減産見送りの決定がある。11月27日、OPECはウィーンで開催された総会で、日量3000万バレルとする現行の生産枠を維持することで合意した。まさかの減産見送りとなったため、投資家の間で先行き世界的に原油の供給過多の状態が続くとの見方が広がったのだ。

 では、なぜOPECは減産見送りを決定したのだろうか。通常、原油価格が下落している局面においては、産油国は協調しながら減産することで、原油の需給バランスを引き締めて、原油価格の維持を図ろうとする。実際、多くのマーケット関係者は、今回OPECは原油価格をテコ入れするために、減産を決定すると予想していたのだ。

 今回、OPECが減産見送りをした事情については、マーケット関係者によっていろいろな憶測がなされているが、おそらく減産見送りの一番大きな理由は(産油国の間で米国のシェールガスへの脅威が高まっているので)、シェールガスへの対抗措置というものだろう。

2035年には米国の原油輸入量はゼロに

 読者のみなさんもご承知のとおり、近年、米国ではいわゆる「シェールガス革命」が巻き起こっている。シェールガスというのは頁岩(けつがん)と呼ばれる堆積岩の層から採取される天然ガスのことだ。

 採掘には非常に高度な技術を要するので1990年代まではほとんど生産されることがなかったのだが、2000年代に入って採掘技術が確立すると、生産量が爆発的に拡大するようになった。米国は、シェールガスの推定埋蔵量こそ665兆立方フィートで世界第4位にとどまるが、シェールガスの採掘・生産量は突出しており、世界生産の99.9%が北米地域に集中する。

 シェールガスの最大のメリットは、石炭・石油・天然ガスなど従来の化石燃料に比べて割安な点である。米国では、シェールガスを燃料に使うことでエネルギー関連産業の成長、生産コストの低下による製造業の国際競争力の高まりといった効果が確認され、エネルギー構造の大変革を巻き起こすことになった。

 この「シェールガス革命」によって、米国は中東の原油や天然ガスに頼らずとも、自前で必要な石油・天然ガスをまかなえるようになってきている。実際、ここ数年の間に米国の中東からの石油輸入量は大幅に減少しており、エネルギー情報局のデータによると、2013年の輸入量はピークの2007年対比で約4割も落ち込んだ。米国のエネルギー戦略上、原油の重要性は今後さらに低下していくと予想される。IEA(国際エネルギー機関)の見通しでは、米国の中東からの石油輸入量は2035年にはほぼゼロになるという。

 さらに、米国は将来的にシェールガスを各国に輸出することを検討しており、そうなれば、世界全体で原油からシェールガスへのエネルギー転換が進むことになる。日本は、2017年を目処に米国産シェールガスの輸入を開始する予定である。

1バレル=60ドルに下落すればアメリカは負け

 こうした原油からシェールガスへのエネルギーシフトが現実のものとなれば、産油国にとっては死活問題だ。そこで産油国は、サウジアラビアを初めとする財政力のある湾岸諸国が中心となって、あえて原油の国際価格をシェールガスの生産コストあたりの水準まで引き下げるという「損して得取る」戦略を選んだ。

 原油価格の下落は、短期的には産油国の貿易黒字や財政黒字の縮小を招く恐れがあるものの、少し長い目でみれば、主要国のエネルギー需要が原油に回帰することを通じて、原油価格の持ち直しと貿易黒字の拡大という効果が期待できるからである。

 その一方、原油価格の下落が続けば、シェールガスの原油に対する割安感が徐々に薄れ、生産コストの高いシェールガス事業が採算割れになる恐れが出てくる。米国では、エンジニアリング会社がシェールガスのプラント建設の見直しを迫られるなど、シェールガス関連産業の投資が減速してくるだろう。原油価格が1バレル=60ドルあたりまで下落するケースでは、シェールガス関連の投資が一気に冷え込む恐れもある。つまり、今の米国経済にとって原油価格の下落はマイナス要因として働く可能性が高い。

 最後に、日本経済への影響を考えてみると、原油価格の下落はもちろん国内景気に対してプラスの要因として働く。現状では日米の金融政策が逆方向となっているため、今後もしばらくは外国為替市場で(内外金利差の要因から)円安の局面が続く可能性が高く、円安に伴う原油の円建て輸入価格の上昇を、ドル建て原油価格の下落が相殺するという流れになるだろう。

著者プロフィール

エコノミスト

門倉貴史

1971年、神奈川県横須賀市生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、銀行系シンクタンク、生保系シンクタンク主任エコノミストを経て、BRICs経済研究所代表に。雑誌・テレビなどメディア出演多数。『ホンマでっか!?』(CX系)でレギュラー評論家として人気を博している。近著に『出世はヨイショが9割』(朝日新聞出版)

公式サイト/門倉貴史のBRICs経済研究所

(Photo by Nicky Pallas via Flickr)

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